2022年7月25日月曜日

【次回例会紹介】広い中国の地に花開いた多様な音楽。その伝統に真摯に向き合い、奏でる ― 鳴尾牧子(二胡奏者)、山本敦子(揚琴奏者)

次回例会は、中国伝統楽器の二胡と揚琴による「シルクロード 悠久の調べ」コンサートです。
演奏者は日本で早くから二胡の演奏活動をされてきた鳴尾牧子さん、そして日本で数少ない揚琴奏者の山本敦子さんです。
今回のブログでは、お二人へのインタビューをご紹介します。
聞き手 小巻健(三木労音事務局長)

左・鳴尾牧子さん、右・山本敦子さん



―まずはお二人それぞれの音楽との出会い、またそれぞれの楽器を始めたきっかけ、日頃の活動を教えて下さい。

鳴尾牧子さん(以下、鳴尾さん)私は子どもの頃からピアノを習い、学校の音楽の授業も好きでした。大学で中国語を専攻し、夏休みの1か月間、北京大学に語学を勉強する短期留学の時に受けた課外講座で、初めて二胡と出会いました。帰国後、奇遇にも実家の近くにある移情閣(孫文記念館)で二胡の同好会を見つけ、引き続き二胡に触れその魅力にはまっていきました。その後に再び中国の音大へ留学し学びました。
実際に演奏を始めたのは、阪神淡路大震災の後、仮設住宅で演奏するボランティアグループに混ぜていただき、あちこちで演奏させてもらったのが始まりでした。それから徐々にそれ以外でも声がかかるようになり、だんだん活動が広がっていきました。
当時は今と違い二胡を演奏する方はほとんどおられず、日本各地に点在していた仲間とインターネットを通じて交流していました。
現在は、ソロだけでなく、音域の違う4人の二胡とパーカッションによる「ゼノ・カルテット」というグループや、私の二胡教室から発展して出来た二胡合奏にチェロやコントラバス、パーカッションを加えた大編成の「鳴尾弦楽団」など、「二胡の重奏」という新しいジャンルにも力を入れています。
また来年は二胡を手にしてから30周年になるので、ツアーをしたいと思っています。

山本敦子さん(以下、山本さん)私は自宅で楽器教室の先生をしていた母親から電子オルガンを教えられたのが、最初の音楽体験です。母は英才教育気味で、泣きながらやっていたことを覚えています。
音楽を好きになったのは中学校で吹奏楽部に入ってからです。私はパーカッションを担当しましたが、そこで打楽器全般やマリンバや木琴などの鍵盤打楽器に惹きこまれて興味を持ち、打楽器奏者になろうと思いました。その後、高校で民族楽器を収集されて授業にも使う面白い音楽の先生と出会い、その先生から「これからは揚琴の時代だ。揚琴をやりなさい」と助言され、先生から揚琴を譲り受けました。その頃私自身も民族楽器に興味があり、色々な民族楽器の本を読んだり、三木労音で中国音楽を聴いたりしていたのですが、ちょうどその時に楽器が手元に来たというチャンスが重なりました。実は私は中高生の頃に三木労音に入っておりました。その間に自分では選択しきれないたくさんの良質で豊富な内容の音楽を聴かせていただき、その後の大きな糧となってきましたので、今回演奏できることをとてもうれしく思います。
その後、大阪音楽大学で打楽器全般を勉強する傍ら、音大の民族音楽系の授業や豊富な書籍や映像資料などを通して民族音楽を学び、国内で揚琴の先生を見つけて習いに行き、さらには中国の音大へ行き勉強しました。
またモンゴル人の演奏家との出会いで、モンゴル音楽の演奏も始めました。中国音楽とモンゴルの音楽は全然違っていて、学びなおすためにモンゴルの先生のところへ何度か行き教えていただきました。
現在は中国音楽、モンゴル音楽、そしてマリンバの演奏を行っています。

―お二人が出会ったきっかけは?

山本さん 私が大学生、鳴尾さんが大学院生の時、同じ中国音楽を演奏する団体に所属していて、そこで鳴尾さんから伴奏をしてほしいとスカウトされたのがきっかけです。

鳴尾さん 山本さんは当時その楽団内でも中心的存在だったのですが、断られるかなと思いながらも思い切って電話したら「ぜひ!」と応えてもらい、そこから今に至ります。

山本さん 当時「女子十二楽坊」のヒットによって日本中で中国音楽が盛り上がっていて、私も全国あちこちで演奏する機会があり、その中で鳴尾さんともご一緒する機会が多くありました。以来、よくご一緒しています。

―それぞれの楽器の特徴を教えて下さい。

鳴尾さん 「二胡」の名前に漢数字で2とあるように、2本弦の楽器です。「二弦胡琴」の略で「二胡」と呼ばれています。
ヴァイオリンのように弓で弦を擦って音を出しますが、二胡の一番の特徴は、弓の毛の部分が2本の弦の間を通っているところです(弓が楽器から離れない)。そのためにヴァイオリンは弓の毛の片面しか使わないので、片面にしか松脂を塗りませんが、二胡は弓の毛の両面を使うので、両面に松脂を塗ります。2本の弦の自分側に弓の毛を押し付けると低い音、反対側の弦に弓の裏側を使って押し付けると高い音が出るしくみになっています。ヴァイオリンやチェロの奏者の方に二胡を弾いてもらうと、弓の裏側を使うのが難しいと言われます。

山本さん 揚琴は弦の数が150本ぐらいあります。よく調律が大変と言われますが、ピアノだと2時間ぐらいかかるところ、揚琴は慣れてきたら20分くらいでできるので、すぐだと感じています。複弦構造といって1つの音に対して低音部では2本、高音部では5本の弦がありますので、それをぴったり合わせないと、美しい音が出ないところが要です。
あと、バチがとても柔らかい。世界中の楽器の中で多分一番柔らかい、しなるバチだと思います。竹の外側の皮を細く削り出して、先端だけを少し残した形で、職人さんが削って作られます。そのしなりで速い曲でも弾きやすいのです。

―中国音楽はどのような特徴がありますか?

鳴尾さん 中国音楽の伝統的なものは5音階で日本も同じなのですが、中国の伝統的なメロディーには明るく聞こえるものが多いと感じます。日本では楽しい内容の曲でも短調に聞こえ(例えば「うれしいひなまつり」等)、逆に中国では悲しい場面なのに、メロディーは長調に聞こえたりするところが随分違うと思いました。ただ、中国はとても広いので一概には言えません。
中国音楽を演奏するには、各地の音楽の特徴を勉強するのが重要だと思っています。同じ漢民族の音楽でも、東北地方や上海蘇州辺りの江南地方、また広東地方、四川の内陸部などで、それぞれ民謡自体の歌い方が違います。さらに少数民族の音楽がいっぱいありその特徴も理解しつつ演奏することが重要です。
また例えば、江南地区の伝統音楽は音楽学校で学んだ人の演奏よりも地域で生まれ生活してきたおじちゃんが路上で弾いている演奏のほうが上手い、と言われるように、中国国内でもその地域の人でないとその土地の味を出すのは難しいとも言われています。中国人同士でさえそうなのだから、私達外国人には尚更ですが、ちゃんと理解するために文化的な背景など分かる限りのことは調べようと心掛けています。その結果コンサートのトークが長くなってしまう(笑)。でも文化的な背景まで汲み取って演奏したいと思っています。

山本さん 私達が今演奏しているのは、1900年代半ば以降に作られた作品が多いのですが、ちょうどその頃に二胡も揚琴も改革され今の形になりました。今の二胡と揚琴で弾く音楽は民族音楽の中でも新しい響きと言えます。
ヨーロッパの音楽だと400年前のクラシックの音楽などを今もその時代の楽器に近い楽器で演奏したりしますが、中国の音楽においては当時と今の楽器や楽譜が異なるなど違いが大きく、今の民族楽器で何百年も前の音楽を演奏することは通常はありません。

鳴尾さん 二胡は主に路上で演奏する、言わば「下々の楽器」だったので、過去の記録がほとんど残っていません。今私たちが弾いているのは新しい中国音楽なのです。

―今回のプログラムへの思いをお聞かせ下さい。

山本さん 今回のプログラムは、日本人がよくイメージする、BGMで流れているような温和な二胡だけでなく、中国で二胡を学びプロになっていく人達が本気で演奏する本場のレパートリーをたくさん並べています。

鳴尾さん 日本で中国音楽が流行った頃によく「癒しの」という形容詞が付いていましたが、中には確かに癒される曲もありますが、それだけじゃないということが長年言いたいことでした。癒しだけでなく、多彩な技術が散りばめられた、様々な感情を表現した楽曲があることを紹介したい!という気持ちが強くあるので、機会がもらえて嬉しいです。

山本さん 日本の演奏会では二胡とピアノの組合せが多く見られますが、本来は二胡と揚琴という編成での楽譜がいっぱい出されており、元々よく演奏されている編成なので、そのこともぜひ知ってほしいです。

鳴尾さん また二胡と揚琴は音量的にもすごく相性が良いです。ピアノだと二胡の音量が小さくなってしまうのでマイクを立てるか、ピアノの蓋を閉め、二胡の音量に合わせてもらわないといけない不自由さがあるのですが、二胡と揚琴はそのまま弾いて自然に音量バランスがとれます。
今回、私達が一生懸命勉強してきた楽曲の数々を、ガッツリと、薀蓄を傾けて演奏できるということで、とても意気込んでいます!

※2022年6月24日、兵庫県民会館にて取材



鳴尾牧子(二胡) プロフィール
学生時代より中国文化に興味を持つ中、二胡に出会う。95年から96年にかけて北京に留学、その後も上海に通い研鑽を積む。中央音楽学院の聶靖宇、上海音楽学院の王永徳等著名な教育家に師事。日本人二胡奏者の草分けとして、伝統を踏まえつつ独自の感性で演奏活動を展開する。
第1回中国音楽国際コンクール民族楽器部門特等賞、第11回中国音楽コンクール第1位及び中華人民共和国駐大阪総領事賞等国内外のコンクールで優勝。「Xeno Quartet」として第15回大阪国際音楽コンクール民俗楽器部門第1位。
二胡を中心とするオーケストラ「鳴尾弦楽団」を主宰。また2012年より胡琴重奏団「Xeno Quartet +」リーダーとして、伝統楽器でありながら現在進行形で発展を続ける現代の二胡の音楽を発信、新しい時代を拓く実験的な試みを行なっている。
演奏活動の傍ら、神戸・大阪にて二胡教室を主宰、後進の指導に当たる。
15年Nash Studioよりソロアルバム「Wildfire」リリース。作曲家 古後公隆の二胡マイナスワンCDシリーズに模範演奏、楽譜監修として参加。 21年よりNash Studioと契約、作曲家としての活動を開始。

山本敦子(揚琴) プロフィール
大阪音楽大学打楽器専攻卒業、同大学専攻科修了。幼少よりピアノ、電子オルガン等学び、12才より打楽器、高校時に揚琴を始める。中国の揚琴(ヤンチン)を沈兵氏及び北京の中国音楽学院教授の項祖華氏に、モンゴル国の揚琴(ヨーチン)をモンゴル国立音楽舞踊学校教授チルハスレン氏に師事。打楽器で01年第5回松方ホール音楽賞、03年第5回国際音楽コンクール万里の長城杯打楽器部門第1位、揚琴の独奏で、07年第8回大阪国際音楽コンクール民俗楽器部門第2位(1位なし)。18年モンゴル国文化功労章受章。
97~05年、民族楽器による楽団に所属し国内外の多くの公演に出演。その後フリーの揚琴奏者として、全国で揚琴独奏、各種民族楽器の伴奏、アンサンブル、スタジオ録音等で本格的な民族音楽から、クラシック、ポップス、アドリブまで演奏する奏者として活動。編曲も多数行い、揚琴のための伴奏譜、編曲した独奏曲は200曲以上になる。CD「山本敦子揚琴ソロアルバム~flower~」リリース。また、大阪の揚琴教室で講師として指導にあたる他、打楽器・マリンバ奏者としても活動している。
大阪音楽大学付属音楽院、シルクロード音楽教室講師。

三木労音8・9月例会(第190回)
鳴尾牧子(二胡)&山本敦子(揚琴)
シルクロード 悠久の調べ
2022年8月21日(日)14:00開演
三木市文化会館小ホール
三木労音会員へ入会希望の方は、チラシ裏の入会申込書に会費2か月分(シルクロード例会から参加希望の方は8・9月分)と入会金(1,000円)を添えて、三木労音会員か事務局までお申し込み下さい。
ホームページからの入会申込みはこちら→http://www.mikiroon.com/info.html
詳細は三木労音事務局 TEL 0794-82-9775、またはメールinfo@mikiroon.comまでお問い合わせください。

2022年7月16日土曜日

ありのままで爽やか、素晴らしい人生の先達、高石ともやさんでした。

7月も半ばとなりましたね。

忙しさにかまけてすっかり例会の報告をサボっていた事務局です。すみません・・・。


2週間前の7月3日(日)、4度目の三木労音ご出演となる高石ともやさんをお迎えしての例会を開催しました。

ともやさんはこれまでに、1991年(第2回例会)、2003年(第73回例会)、そして2010年の結成20周年記念サークルフェスティバルゲストとして、3度ステージにご出演いただきました。

毎回ともやさんの優しさがそのまま溢れ出るような歌声や歌のメッセージ、そして暖かな笑顔に気持ちが明るくなったり、励まされたりしてきました。

そして今回、昨年80歳になられたともやさん。変わらず明るくお元気な姿で再び三木へお越しいただきました!

お出迎えの様子

数日前から7月3日の天気予報は雨の予報でしたが、当日は結局殆ど降らず、なんと薄日まで射していました。きっと高石ともやさんの晴れ男パワーのお陰ですね。


ともやさんのコンサートは、ひとつの歌からその曲にまつわる思い出やエピソードを語り、そして次の歌へと紡いでいかれる「歌語り」と呼ぶのがふさわしいようなステージ。

ともやさんのお話を聞きながら、その時代に思いを馳せたり、自分の思い出と結び付けたりと、聞く人それぞれの胸に様々な思いを呼び起こします。

常にギターを抱えて、弾きながら語り、そして歌われます。

時にはフィドルも登場。


80歳にして現役ソロシンガーのともやさん!

最近では加山雄三さんや吉田拓郎さんなどベテラン歌手の引退が話題になりましたが、お二人が芸能界のスター街道で華々しく活動され華麗に引退されたのに対し、高石ともやさんはいつまでも私たちのすぐ側、野辺に咲きつづける花のような存在、決して派手ではないけれど、持ち前の明るさで見た人をほんの少し勇気づけたり和ませたり、昔からずっと咲いていて、これからも咲き続ける・・・そんな方だなあと思いました。

途中休憩10分挟んで2時間、立ちっぱなしで一人で弾き歌い語り、一応の曲順はありましたが、その時の話の流れや雰囲気でアドリブでどんどん変わっていく、歌声には張りがあり、おおらかで変幻自在、もちろん歌詞はすべて暗譜!

マラソンがともやさんの長く歌い続けている秘訣だとは思いますが、ご自身のペースをつかんだとてもいい走り方をしてこられたことが伺えます。

終演後、ロビーにてともやさんを囲んで

ありのままで爽やか、素晴らしい人生の先達、高石ともやさんでした。

いつまでもお元気で、聴く人の心を元気づけて下さい!

2022年6月14日火曜日

松元ヒロさん主演ドキュメンタリー映画「テレビで会えない芸人」上映会決定!

お待たせしました!昨年11月に3度目の例会ステージが大好評だったスタンダップコメディアン・松元ヒロさんのドキュメンタリー映画を三木で開催します!!


『テレビで会えない芸人』上映会

2022年8月14日(日)①10:30~  ②14:00~
三木市立市民活動センター 3F大会議室
<上映協力券>
  前売1,000円 当日1,500円 ※高校生以下無料
<チケット販売所>
◆ボランタリー活動プラザみき 0794(83)0090
◆三木労音 0794(82)9775
◆ジャズカフェベイシー 0794(85)7073
◆カフェOTTO 0794(87)2021
主催/いのちを考えるみき市民の会
共催/三木労音
お問合せ/三木労音  TEL&FAX 0794-82-9775 Email info@mikiroon.com

テレビで会えない芸人――その生き方と笑いの哲学から、
いまの世の中を覗いてみる。モノ言えぬ社会の素顔が浮かび上がる。

芸人、松元ヒロ。かつて社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」で数々の番組に出演し人気を博した。しかし90年代末、彼はテレビを棄て、主戦場を舞台に移す。政治や社会問題をネタに笑いで一言モノ申す。ライブ会場は連日満席、チケットは入手困難。痛快な風刺に、会場がどっと笑いで包まれる。しかしそれだけではない。松元ヒロの芸には、不思議なやさしさがある—

松元が20年以上語り続ける『憲法くん』は、日本国憲法を人間に見立てた演目。井上ひさしが大絶賛し、永六輔は「ヒロくん、9条を頼む」と言い遺した。その芸は、あの立川談志をしてこう言わしめた。「最近のテレビはサラリーマン芸人ばかり。本当に言いたいことを言わない。松元ヒロは本当の芸人」。けれど、いや、だからこそ、いまテレビで彼の姿を見ることはない…。

そんな今日のメディア状況に強い危機感を募らせていたのは、松元の故郷鹿児島のローカルテレビ局。2019年の春から松元ヒロの芸とその舞台裏にカメラが張りついた。監督は鹿児島テレビの四元良隆と牧祐樹。プロデュースを手掛けたのは『ヤクザと憲法』『さよならテレビ』などの衝撃作を世に送り出してきた東海テレビの阿武野勝彦。なぜ松元ヒロはテレビから去ったのか? なぜテレビは松元ヒロを手放したのか? そして本作はその答えを見つけられたのか?



2022年5月30日月曜日

【次回例会紹介】自身のペースで、自身のゴールを目指し、今も歌い、走り、伝え続ける人生のランナー ―高石ともや(フォークシンガー)

次回例会は、日本のフォークシンガーの第一人者である高石ともやさんのコンサートです。

高石ともやさんにはこれまで三木労音結成第2回目の例会をはじめ、2003年のアンコール例会、そして2010年はサークルフェスティバルのゲストとして、これまでに3回ご出演いただきました。

高石ともやさんのステージは、お一人でフォークギターを抱えて登場され、歌いながらその歌にまつわることを語られ、そしてそこから着想を得てまた次の歌を歌い・・・というスタイル。「歌とトークで一つの流れ」となり、それぞれの歌の心とともに、高石ともやさんの生き方、考え方が伝わってきます。

高石ともやさん

高石ともやさんと労音

高石ともやさんが初めて労音のステージで歌われたのは、デビュー直後の1966年9月、大阪労音フォークコンサートでした。それ以降全国各地の労音で歌ってこられましたが、中でも深いつながりが生まれたのが岐阜県の中津川労音でした。

当時中津川労音の事務局長だった笠木透さんが高石ともやさんを呼んでコンサートをされたことがきっかけとなって、1969年に今や伝説となった「中津川(全日本)フォークジャンボリー」が開催されました。そこには多くの若者が集まり、今も活躍される多くのミュージシャンがステージに立ちました。中津川フォークジャンボリーは1971年の3回目で打ち切られましたが、その後中津川労音の笠木徹さんはご自身もフォークシンガーとしての活動を展開され、高石ともやさんとはフィールド・フォーク(大地に立ち、大地に根差したフォークソング)を歌う同志として笠木さんが亡くなられる2014年まで交友が続きました。

中津川労音では、入場税闘争(※コンサート入場料にかかる税=入場税に対し、文化に税金をかけることに反対して払うことを拒否し、告訴された裁判闘争)が起きた際に、高石ともやさんは岐阜の裁判所まで出向かれ、証人として「労音のコンサートは娯楽ではなく文化運動だ」ということを法廷で証言されたということもあったそうです。


高石ともやさんとマラソン

高石ともやさんといえば、数々のマラソンやトライアスロンの大会に出場され、数々の記録を打ち立てておられることはご存じの方も多いと思いますが、少しご紹介します。

高石ともやさんにとって「走る」ことの原点は、小学校のマラソン大会で1位になったことでした。その後、アメリカに渡られた時に、現地で走ることは「順位を競うことでなく、走ったことを共に喜び合うこと」だという考え方に触れ、共感されたことが、その後のマラソン人生のスタートとなりました。

1977年36歳の時に初めて参加されたホノルルマラソンは、以後2019年(78歳)まで43回連続して出場されました。これは外国人参加者としては最多だそうです!(2020年以降はコロナ感染拡大のためバーチャルラン参加)

その他にも数々のマラソン、トライアスロン大会に出場。また、1993年トランス・アメリカ・フットレース(アメリカ大陸4700キロメートルを64日間で横断するレース)に52歳で出場し見事完走されたことや、2009年には西国33か所を走って巡り、それぞれの札所で巡礼歌を奉納する「西国巡礼ラン991キロ」に68歳で挑み、見事満願達成されたことなども話題になりました。

余談になりますが、1996年アトランタオリンピックの女子マラソンで銅メダルを獲得した有森裕子さんが残した名言「自分をほめたい」は、有森さんが以前女子駅伝の大会に参加された際、その大会に高石ともやさんが寄せられた詩が有森さんの心に残って発せられた言葉だそうです。


80歳を迎えた高石ともやさん

昨年2021年12月に80歳(傘寿)を迎えられた高石ともやさん。今も元気なステージを届けておられますが、その秘訣をお聞きしようと、4月末に京都でお会いしました。

お会いしたのは2010年以来、実に12年ぶりでしたが、本当に変わらずお元気で、ニコニコと笑顔で様々なお話を約2時間に渡ってお聞きしました。

そんな高石ともやさんの歌の原点は、お商売をされていたお父様が、寄合の席で歌った民謡。場を明るくする父親の姿に影響を受けられました。また子どもの頃は各家々を回って歌う「門付け」にも憧れておられたとか。

また高石ともやさんといえば「平和」をテーマにした歌もたくさんあり、兵役拒否を歌った「拝啓 大統領殿」や「イマジン」の日本語訳をはじめ、「死んだ男の残したものは」、「戦争は知らない」など多く歌われています。今、ロシアによるウクライナ侵攻により世界に再びきなくさい戦争の臭いが広がる中、高石ともやさんは6~7月にかけて京都、大阪、東京で「平和が一番」と題したコンサートツアーを行われ、その流れで三木労音例会も「平和を歌う夏」というテーマで歌い、語っていただくことになりました。

高石ともやさん曰く「この年まで元気に歌い続けてこられたのは、マラソンと同じで自分のゴールを定めて自分のペースで走ってきたからです」。自分のゴールを見失ったり、他の人のペースに惑わされたりすると、自分自身が壊れてしまう、マラソンで培われてきた高石ともやさんの生き方が80歳を迎えてなお多くの人々に元気と勇気を与え続けます。

2022年4月、京都でお会いしました。



高石ともや プロフィール
1941年生まれ、北海道出身。
1960年代、日本フォークソングの創成期より活躍し日本のフォークの基盤を創ったひとり。1966年、大阪労音フォークコンサートに初出演。「かごの鳥ブルース」でデビュー。
ギター1本で全国を歌いまわる独特のスタイルを築く。
1968年「受験生ブルース」のヒットで日本中に知られるようになった。
1971年“ザ・ナターシャ・セブン”を結成。以後、ギター・バンジョーの弾き語りで日本中を巡っている。
また、「平和」「家族」「健康」などをテーマに講演活動にも力を注いでいる。
2009年“西国巡礼ラン991キロ”では各札所にて巡礼歌を奉納、札所間をランでつなぎ満願達成した。
2017年、フォークソングを歌い続けて51年目のフォークコンサートを開催。
デビューから56年、聴衆を元気づけられるシンガーとして、根強い支持を受けている。
公式ホームページ http://www.tees.ne.jp/~isawada/

三木労音6・7月例会(第189回)
高石ともやフォークコンサート~平和を歌う夏~
2022年7月3日(日)14:00開演
三木市文化会館小ホール
三木労音会員へ入会希望の方は、チラシ裏の入会申込書に会費2か月分(高石ともや例会から参加希望の方は6・7月分)と入会金(1,000円)を添えて、三木労音会員か事務局までお申し込み下さい。
ホームページからの入会申込みはこちら→http://www.mikiroon.com/info.html
詳細は三木労音事務局 TEL 0794-82-9775、またはメールinfo@mikiroon.comまでお問い合わせください。

2022年5月25日水曜日

第32回定期総会を開催しました

 先日5月22日(日)に、三木市立市民活動センター2F中会議室にて、三木労音第32回定期総会を開催しました。


昨年の第31回はコロナ感染拡大のため、Zoomによるリモートで開催しましたので、このように集まって行うのは2年ぶり。やっぱり皆で集まるのは良いですね!

1部の総会は副会長の澤さんによる進行で。

和田会長のあいさつ

「2021年度例会をふりかえって」と「2022年度例会紹介」は、それぞれ事前に作った動画で紹介。毎年これを見るのが楽しみといわれる方もいらっしゃいます。
また質疑応答では様々な意見をやりとりすることができました。

そして今年の総会は、コロナ後実施できていないサークルフェスティバルの再開を祈願して、会員から5組の出演者によるプチフェスタを開催しました。

2部は運営委員の平位さんの進行で。

トップバッターは、はやしぶんきちさんのアコーディオン弾き歌い

マリア味記子さんのオリジナル楽器「マリアハープ」の演奏と歌

オカリナやまびこによるオカリナ合奏

藤本招吾さんのハーモニカ演奏

最後はプアプアによるフラダンス

後半のプチフェスは、ささやかながらもお互いに発表し合う雰囲気がとても楽しかったですね。
今年は秋~冬辺りでサークルフェスティバルを開催したいと思っています。これまで出演されていた方も、まだ一度も出演したことがない方も、今からぜひ参加をご検討下さい。

コロナ生活3年目。今年度もまだ影響が続くと思われますが、心豊かな生活を取り戻していけるよう、会員みんなで三木労音の活動を盛り上げていきましょう!

2022年4月30日土曜日

穏やかに心に届いた宗次郎さんのオカリナの音色

さて、早いもので4月も最終日となりました。
世間ではGWに入りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

すっかり日が経ってしまいましたが、今月17日(日)には三木労音今年度最初の例会「宗次郎オカリナコンサート」を開催しました。
もし報告ブログを楽しみに待っておられた方がいらっしゃいましたら、大変遅くなってスミマセン・・・(事務局はこの間、定期総会議案書作りでアップアップしていました💦)

今回楽屋前にこのような横断幕を用意しました。

開場前にスタッフでミーティング。

ここからは準備の風景です☆

いよいよ開場。今回は一般券でもたくさんご参加いただき、いつも以上にたくさんの方が来場されました。

和田会長の舞台あいさつで、いよいよ開演です!


今回15年ぶりにご出演いただいた宗次郎さんを大きな拍手でお出迎え!
前回2007年には、ヴァイオリン、コントラバス、ハープというクラシックスタイルで演奏していただきましたが、今回はピアノ、ギター、パーカッションのバンド形式でのステージでお届けいただきました。

宗次郎さん

ピアノ:蓮沼健介さん

パーカッション:佐藤唯史さん

ギター:小林健作さん

宗次郎さんは変わらない気さくなお人柄で、今回も心に沁みるオカリナの音色を届けていただきました。
「オカリナと言えば宗次郎さん」、というくらい楽器と演奏者のイメージが結び付いている方もそう多くないと思いますが、今回あらためてその温かい音色ももちろん、作り出される作品の世界観が素晴らしいと思いました。
宗次郎さんが作るオカリナは「土で出来た楽器」、その音色はそのまま日本の大地を想起し、さらに「自然との共生」「祖先からの記憶の伝承」といった宗教的・哲学的な感覚を呼び覚ますようなメロディー、サウンドによって、私たちの心に自然に入ってくる、それが宗次郎さんをオンリーワンたらしめる大きな理由ではないかと感じました。

曲間のトークも、朴訥とした中に味わいがあり人気でした。


終演後には宗次郎さんのCD、またオカリナの販売がありましたが、大勢の方が買って帰られました。それだけ演奏が心に届いたからでしょうね。

お帰りの前にロビーにて宗次郎さんと一緒に

ぜひまた聴きたいですね!
宗次郎さん、皆さん、ありがとうございました!!

☆おまけ☆
YouTube宗次郎公式チャンネルより 三木労音例会ステージより「森に還る」

2022年3月8日火曜日

【次回例会紹介】自然との関わりの中で探求する、人の心の奥深くにまで届く音色 ―宗次郎(オカリナ奏者)

次回例会は、日本のオカリナ第一人者である宗次郎さんの、2007年以来15年ぶりのステージです。
今回のブログでは、宗次郎さんへのインタビューをご紹介します。
聞き手 小巻健(三木労音事務局長)
宗次郎さん
宗次郎さん



―前回お越しいただきました直後の2008年に、宗次郎さんの地元、茨城県常陸大宮市に「SOJIROオカリーナの森」を開設されましたが、この施設のコンセプトやその後15年でどのようにご発展されたか等を教えて下さい。

宗次郎さん 「オカリナの普及」と「宗次郎のオカリナの音色を愛する全国のファンの方々との交流」を目的として開設しました。

一角に設けた野外音楽堂では毎年、春と秋に常陸大宮市主催のコンサート「宗次郎森の音楽会」が開催され、多くの方にご来場頂いております。そのほとんどはオカリナの音色を聞いたことがある方達だと思いますが、それまで直に聞いたことがなかった方でも僕のコンサートを聴いてファンになり、その場でオカリナを購入していくなんてこともありました。それ以外にも県内外のオカリナサークルの皆さんが野外音楽堂で発表会などを開いたりします。ときには僕も参加させてもらったり…。それにファンクラブ向けのオカリナ教室を開講したりもします。あ、そうそう、台湾や香港、中国などアジアの国々のオカリナ愛好家の皆さんが海を越えてわざわざオカリーナの森にお越しくださり、交流会を開いたこともありました。

オカリーナの森には開設当初からたくさんの樹木の苗木を植えましたがそれぞれ大きくなっています。メタセコイヤはオカリーナの森の門のようになっておりますし、2列に伸びるように移植したお茶の苗木も立派に育っております。森の木々が年々立派に育っていくように、コンサート活動を通して僕の愛するオカリナの音色をより多くの人々に聞いて頂けるようこれからも歩んで行きたいと思っています。

オカリーナの森全景
オカリーナの森全景

野外音楽堂
野外音楽堂

メタセコイヤとお茶の木
メタセコイヤとお茶の木

―その他に、この間の宗次郎さんの音楽活動で、特に印象に残っていることがございましたら教えて下さい。

宗次郎さん 近年ではアジアを中心として海外でもオカリナがたいへん盛んになってきており、韓国、中国国内都市を何箇所も巡るコンサートツアーの開催や、台湾、香港での大規模なオカリナフェスティバルへのゲスト出演、そしてオカリナ発祥の地と言われているイタリアに招かれての記念演奏など、海外でより評価され、演奏させて頂いていることは特に印象に残っています。
韓国・ソウルでの宗次郎オカリナコンサート
韓国・ソウルでの宗次郎オカリナコンサート

―長らくオカリナに向き合ってこられた宗次郎さんにとって、あらためてオカリナの魅力はどのようなところでしょうか。

宗次郎さん 音色だと思います。人の心の奥深くにまで届いてくれるのではないかと思っています。

―今回のプログラムについて、また会場に来られる皆様へメッセージをお願いします。

宗次郎さん 一番新しいアルバム『昔むかしの物語(はなし)を聴かせてよ』に収録した楽曲を中心にお届けします。それからもちろんみなさまご存知の曲も。
自分が子供だった頃の風景を思い出して頂けたらと思います。両親や祖父母や、そういった身近な家族の笑顔が浮かんできてくれたらいいなと思っています。



宗次郎 プロフィール
陶製の笛オカリナの第一人者。群馬県館林市出身。
1975年、生まれて初めて聴くオカリナの音色、響きに魅せられる。
この年から、自分の目指す音を求めて本格的にオカリナ作りを始める。1985年までの10年間に制作した数は1万個を越えている。その中から選りすぐった10数個のオカリナを使用している。
1985年にレコードデビューし、1986年のNHK特集「大黄河」の音楽で一躍脚光を浴び、人気アーティストとしての地位を得る。その後、定期的にオリジナル・アルバムをリリースし、アルバム発売に合わせて全国各地でコンサートツアーを実施。1993年には、アルバム『木道』(キドウ)『風人』(フウト)『水心』(スイシン)の自然3部作で、第35回日本レコード大賞<企画賞>を受賞。2001年よりマイク等音響機材を使用しない生音コンサート<クラシカル・アンサンブル~オカリナ・エチュード>を毎年実施。
2008年8月、オカリナの普及やファンとの交流の場として茨城県常陸大宮市の自宅近くに「Sojiroオカリーナの森」を建設。
2019年4月に6年振りとなるオリジナル・ニューアルバム『昔むかしの物語(はなし)を聴かせてよ』を発売。
常に自然との関わりの中で土とのふれ合いを大切にし、コンサート、作曲、創作活動を続けている。
公式ホームページ http://sojiro.net/


三木労音4・5月例会(第188回)
宗次郎オカリナコンサート~オカリーナの森から~
2022年4月17日(日)14:00開演
三木市文化会館小ホール
参加費 会員/会費のみ 一般/5,000円
一般券お申込み方法はこちら⇒http://www.mikiroon.com/sojiro_tickets
三木労音会員へ入会希望の方は、チラシ裏の入会申込書に会費2か月分(宗次郎例会から参加希望の方は4・5月分)と入会金(1,000円)を添えて、三木労音会員か事務局までお申し込み下さい。
ホームページからの入会申込みはこちら→http://www.mikiroon.com/info.html
詳細は三木労音事務局 TEL 0794-82-9775、またはメールinfo@mikiroon.comまでお問い合わせください。