2026年3月5日木曜日

雪の中での開催!冴えわたった吉弥さんの落語の世界

もうそろそろ1か月が経とうとしていますが・・・
先月2月8日(日)に、三木労音例会「桂吉弥独演会」を開催しました。

そう、あの雪の日でした!

直前の天気予報でも雪の予報が出ていて「まあこんなこともあるよね~」と思っていたのですが、当日の朝は三木では珍しく前の夜に降った雪がうっすらと積もっていました。
道路はまだ大丈夫でしたし、これなら大丈夫よねと思って文化会館へ移動し、準備をしていると、窓越しに見える雪模様が段々と激しくなるではありませんか!
お昼前にはほぼ吹雪に・・・

そうこうしてるうちに、吉弥さんご一行が無事到着。早めに出てくださったそうですが、高速道路も通行止めになっていて遠回りして何とかたどり着かれたとか。

三木労音会員の運営スタッフ皆さんも何とか無事会館まで来られました。

まずは三木労音例会4度目となる吉弥さんはじめ、出演者の皆さんをスタッフで歓迎。
まずは、この雪の中をお越しいただいたことに対する労いと感謝の言葉を贈りました。
実際にこうしてお顔を合わせますと、今から吉弥さんの落語を生で聴けるんだという実感がわいてきて、テンションが上がります!

それでも開演が近づくにつれて、「今日はするのですか?」との問い合わせも何本かかかってきたり、「家から出れない」「やめときます」との連絡があったり・・・
会館のポーチにも雪がどんどん積もっていきます(道路は大丈夫でしたよ)。
さて、どれくらいの方が足を運んでくださるでしょうか、そんな心配の中開場しますと、それでも大勢の方が積雪をものともせず集まってくださいました!

桂弥っこさん「ん廻し」

桂吉弥さん「蛸芝居」

桂吉の丞さん「胴斬り」

桂吉弥さん「ホース演芸場」

そして中入り後は、桂吉弥さん「たちきり」

演目ごとに違った魅力を楽しめましたが、中でも吉弥さんの創作落語「ホース演芸場」と、人情噺の「たちきり」は、それぞれ三木労音のこれまでの落語例会ではなかった、初めての種類の演目でした。
終演後、満足顔で帰る方の中からも、その二つの噺が多く話題に上っていましたね。

皆さんそれぞれ大熱演で、予定時間を大きくオーバーして、終わったのは何と午後5時前!
たっぷりと3時間弱の、長いようであっという間のたのしいひとときでした。
三木労音例会の出演者の中では4回目のご出演は過去最多タイになります。
今回雪で来れなかった方の雪辱を果たすためにも、ぜひまた5回目お越しいただきたいですね!

2026年3月2日月曜日

【次回例会紹介】小さな木の笛コカリナ、その音色は木が語りかけてくる物語 ― 黒坂黒太郎 (コカリナ奏者) 

次回例会は、全国に広がっている木でできた小さな笛「コカリナ」の創始者・黒坂黒太郎さんにご登場いただきます。
今回のブログでは、黒坂黒太郎さんへのインタビューをご紹介します。
聞き手 小巻健(三木労音事務局長)

黒坂黒太郎さん



―まずはじめにコカリナとの出会いを教えてください。

黒坂黒太郎さん(以下、黒坂さん) 僕は大学を卒業してからフォークシンガーとして活動していました。一方で高校時代からフルートも好きでやっていました。コンサートでもフルートを吹いたり、笛が好きでいろんなところへ行ってはそこの土地の笛を買って集めたりしていました。
ハンガリーの作曲家・コダーイに興味があり、ハンガリーにも何度か行くようになりましたが、その延長線上で今のコカリナの基になった小さな笛にたまたま出会いました。
実は最初に見つけたのは私ではなく、私の笛好きを知っている、ハンガリーに度々行っている友達で、お土産にと1本買ってきてくれたのが出会いでした。その小さな笛に私はとっても魅力を感じてしまったんですね。今まで出会った笛と構造が全く違っていて、しかも全部木で出来ている。リコーダーとも違う。
僕が育ったのは長野県の小さな村で、木に囲まれて育ちましたから、「あ、これが木の音だ」と雷が落ちたような衝撃を受けました。これほど木の音を出してくれる笛はおそらく他にないでしょう。
これは絶対やっていきたいと思いました。ただ最初のそれはおもちゃみたいな感じで、音色は良いのですが、音程があんまり良くない。でもこれは絶対もっといいものになるはずだと思いました。その笛を作っている方を探してハンガリーまで行き、作っている方に出会い、どうやって作っているかを教えていただいて、その笛を大量に買って日本に持って帰ってきました。日本で何人かの木工家の知人に依頼して作ってもらったところ、さすがに日本の木工家の方は優れていましたね、京都・芦生の木工家の方はすぐに作ってくださり、それがとてもいいのです。僕も色々アドバイスはしましたが、向こうのものよりもとても精巧に作ってくださいました。以後、フォークソングのコンサートの中でも紹介していきました。
この笛がお土産として手元に来たのが1995年1月、阪神淡路大震災の直後ぐらいでした。同年4月に、神戸で前から予定されていたコンサートを急遽被災者支援コンサートとして開催しました。いざステージに立つと、被災されてどん底にいる目の前の人たちにどうやって言葉をかけていいかわからない、どういう風に歌っていいかわからない、そんな時たまたま持ってきていたその笛で『浜辺の歌』を吹いたところ、皆さん涙をポロポロ流しながら聞いてくださいました。それがおそらく日本で一番最初に聴いていただいた音ではないでしょうか。そこからスタートしました。ちょっと因縁めいていますが、神様が導いてくれたのかもしれないと思っています。
この笛はハンガリーでは「桜の木で出来たオカリナ」と呼ばれていましたが、名前が長いので日本は「木」を「コ」とも読むということで「コカリナ」と呼ぶようにしました。

―黒坂さんがフォークシンガーの活動をしておられた頃に影響を受けられたという民俗学者の故・宮本常一氏について教えてください。

黒坂さん 宮本常一先生との出会いは、僕にとってはものすごく大きなことでした。僕の歌手活動のデビューは大手レコード会社のキングレコードからでした。メジャー路線でレコード会社のほうでも結構力を入れてくれたのですが、時流に合わせてヒット曲を狙うという商業的な部分がどうも自分に合わない、売れる・売れないを気にするより、まずはいろんな人を元気づけるような歌を歌っていきたいと思うようになり、生意気盛りの20代後半もあって会社の人と言い争って辞めてしまったのです。当時、労音の皆さんが各地で一生懸命コンサートを開いていて、いろんなところで僕のコンサートも組んでくださっていたので、全国各地を回り始めていました。宮本先生に出会ったのはその時期で、引き合わせてくれたのはその頃友人となった周防猿回しの村崎修二さんでした。
宮本先生にお会いして、いろんなところを歩いて、コンサートをやっていきたいという話をしましたら、それはすごくいいと励ましてくださり、「文化というのは中央にだけあるのじゃない、地域ごとに素晴らしいものがあるから、そういう人たちと一緒に何かを作っていきなさい」という言葉をかけてもらいました。これはレコード会社をやめてこれからどうしようかなと思っていた当時の僕にとって、まさに天の声のように励まされました。それからは宮本先生が当時されていた観光文化研究所に出入りするようになり、活動の中で出会った人たちとのことを文章にすることを勧められて、宮本先生の「あるく みる きく」という、シリーズで150巻ぐらいある雑誌の120巻のところを僕が全部書かせていただいたりもしました。宮本先生が亡くなられた時は、猿回しと、鬼太鼓座(現:鼓童)、坂本長利さんという一人芝居の方、そして僕の4人で追悼コンサートをやらせていただいたりして、これからは宮本先生の遺志を継いで、とにかく丁寧にコンサートをやっていこうと心に誓いました。そしてその流れの中でコカリナにも出会った、宮本先生に出会わずメジャー路線で行っていたら、きっとハンガリーに行くこともなかっただろうし、ハンガリーに行っていてもコカリナに出会うことも、また出会ったとしても気に止めることもなかったかなと思います。

―そのコカリナが広がっていくきっかけとなったエピソードを教えてください。

黒坂さん あれは長野オリンピックの時のことです。コカリナに出会ったのが阪神淡路大震災の1995年、長野オリンピックが1998年、その前々年1996年の春のことでした。当時オリンピック準備もすでに始まっていて、会場のひとつ長野県の志賀高原のある山ノ内町、僕はそれまで何度もコンサートやっていて町の人たちとも親しくしていましたが、そこで町の人とオリンピックの話をすると、オリンピックはいいんだけども、そのために町の木が結構切られていて辛いよね、という声を聞きました。その時にパッと「伐採された木でコカリナを作れないかな」と閃きました。行ってみると切られていたのはイタヤカエデというカエデの木で、すごく硬く、バイオリンにするには最高の木と言われている木でした。
早速その話をすると、町の人たちが木を運ぶ手伝いをしてくれて、先にお話しました京都の木工家の知人へ送り、早速作ってくれました。出来てきた小さなコカリナを見て、これは子供たちに吹いてもらうのが一番いいだろうということで、近くの山ノ内東小学校の子供達に100本プレゼントしました。そうしましたら子供たちがすごく喜んで。その中に一人、志賀高原から山ノ内町にスクールバスで通ってくる女の子がいて、彼女は自分が大好きだった楓がある日突然伐採されてしまった、すごく辛い思いでそれを見ながら登校していた彼女のもとに、その木が笛になって戻ってきた、という非常に運命的なことがありました。このことが基になって『コカリナの海』という児童文学が生まれました。
それで山ノ内東小学校の子供達みんながコカリナを吹いてくれた。それをオリンピック委員会が聞きつけてくださり、ぜひオリンピックのイベントでやって欲しいと依頼があり、長野市内で行われた表彰式などで演奏することになりました。この様子はテレビや新聞でも色々報道してくださり、全国から問い合わせがたくさん来ました。
それが広がっていくひとつの起点になりました。九州は鹿児島、福岡から、関西では神戸、大阪、また小さなサークルは無数にあるのですが。そして仙台、長野、東京、静岡・・・と広がっています。僕も最初、コカリナは独奏楽器としてある程度は広がると思っていたのですが、今のようにアンサンブルで広がっていくようになるとは思っていませんでした。
その大きな要因は、楽器の種類が増えたこと。これは木工家の方々の力です。普通はC管といってハ長調ですが、G管、またクラリネットと同じB♭管・・・私の埼玉の自宅の庭に小さな小屋があり、そこで試作品を作るのですが、それをもう少し綺麗な、しっかりしたものにしてくれと木工家の方に頼みます。これは専門の技術がないとできません。
例えば、コカリナはリコーダーのように下まで空洞が抜けていないのですが、これは上からくり抜いているためです。これがすごく難しい。特にC菅バスコカリナという大きな楽器では、20㎝以上掘っていって、下まで厚みが全く一緒じゃないといけない。こういうものを作れるのはみんな日本の木工家の技術のおかげです。いろんな楽器の種類ができて、アンサンブルができるようになったことで音楽的にもレベルが上がっていきます。僕は難しい曲じゃなければコカリナアンサンブルの響きはウィーンフィルよりいいんじゃないかと思っていますよ(笑)。ニューイヤーコンサートでラデッキー行進曲を聞いて、コカリナの方がいいんじゃないのと思ってしまいました。
すごいのは木工家の力だけでなく、木工家が使う道具もまたすごい。笛の胴体にリップという音が出る穴がありますが、この部分を鑿で一発でパシンって取るのです。また秋田では秋田杉で箪笥を作っていた職人にコカリナ作りをしていただいているのですが、その職人の方達が使っている道具はご自身が大将から頂いたもので今ではもう作れないという道具を使われています。

―今回のプログラムの中に被爆樹で作られたコカリナでの演奏がありますが、この楽器を演奏するようになられたきっかけを教えてください。

黒坂さん 僕の音楽活動のテーマのひとつとして「平和」について取り組んでいきたいという思いがあります。広島にはフォークソングをやってる頃から何度も伺っていますが、特に広島の高校生たちと出会ってからは、毎年8月6日に高校生たちとのコンサートをずっと続けてきて、彼らと一緒に歌を作るなどの取り組みもやってきました。
コカリナに出会った後、広島のコンサートの中でも吹きました。それを聴いた高校生たちから「僕たちは被爆した木を持っているので、それでコカリナは作れないだろうか」と話がありました。その木は真っ黒に焼けて炭みたいになったエノキでした。最初は無理だと思いましたが、焼けてない部分も少しあったのでとりあえず送ってもらい、音も出るかどうか確信のない中で作ってみました。そうしたらこれが何とも言えない音を出しまして。綺麗なというだけじゃなくて、何か魂があるような、焼けた部分が少し残っているせいかは分かりませんが、普通のエノキで作った楽器とは全然違った音が出てきてました。こうしてこの被爆樹コカリナでの演奏を始めました。
そうしていますと、広島市で8月6日前後に世界中の人たちが集まり開催される国際平和シンポジウムという催しで演奏する機会が巡ってきまして、そこでの演奏を聴いたアメリカ代表の方から、ぜひアメリカへ来てくれないかということで呼んでいただき、シアトルで演奏しました。そこで被爆樹コカリナのために作った「空」という曲や、アメージンググレースを吹いたのですが、この時の反響がすごかった。大変な感動で、涙を流される方も。アメリカという国は原爆を落とした側なのですが、やっぱり良心的な方もたくさんいらっしゃることを感じました。それからはアメリカではカーネギーホールでもやらせていただき、他にもオーストリアのウィーン、中国、韓国など、いろんなところで演奏しました。被爆樹コカリナの説明をしてから演奏を聞いていただくと、皆さんとても感動してくださる、やはり世界の皆さんはヒロシマ・ナガサキの悲劇はもうあってはいけないと思っておられるのです。特に昨年は被爆・終戦から80年ということで、広島、また沖縄でも、いろんなところで演奏させていただきました。

―今回共演していただく矢口周美さんと、新倉一梓さんについてご紹介ください。

黒坂さん 矢口周美は私の連れ合いでございまして、実はちょうど私がコカリナと出会った頃に彼女と結婚しました。前の奥さんを病気で亡くし、男の子二人を育てていてどうしようかという時に、たまたま彼女のお姉さんと東京で音楽活動を一緒にやっていた縁で知り合いました。彼女も和歌山の新宮というとこで労音の活動していまして、僕も呼んでもらったりしていました。
新婚旅行で僕も古くから付き合いのある函館労音(現・はこだて音楽鑑賞協会)を訪れた時、「周美さんも何か歌っていたんでしょう」と促されて歌いましたら、事務局長の梶原さんに、「お、いいじゃん。黒坂さんと一緒に音楽活動をやっていくといいよ」と言っていただいたことが、彼女の歌手活動の出発点となりました。それからコカリナの音と彼女の声が非常にマッチする、だんだんコカリナに添うような、木の声のような感じになってきたものですから、これはコンサートでも使えるなと思い、それからずっと一緒にやってきています。
新倉君とは、たまたまCDを作っている時にレコード会社の関係で知り合った、まだ若いピアニストです。でももう10年近く一緒にやってきているかな。東京藝大の作曲科を首席で卒業した素晴らしいピアニストで、アレンジも色々やってくれたりと、今では活動に欠かせない人です。

―最後に今回三木で立ち上げたコカリナアンサンブルとの共演についてコメントをお願いします。

黒坂さん 三木の皆さん、とっても嬉しいです。最初はたどたどしくても全然大丈夫です。音がとにかくいいですから、自信を持って一緒にやりましょう!神戸を拠点に練習している関西コカリナアンサンブルも一緒にコンサートに出演してくれます。コカリナはソロもいいですが、合奏になると木と木の重なり合う音が本当に美しいです。お楽しみください。

※このインタビューは黒坂黒太郎さんにご協力いただき、2月19日に神戸市内で実施させていただきました。



出演者プロフィール

黒坂黒太郎(正文)(くろさかくろたろう/まさふみ)/コカリナ
長野県上田市出身。コカリナの創始者。
1995年ハンガリーの民族楽器を楽器として精度の高いものに改良し「コカリナ」と命名。コカリナの第一人者として幅広く活躍している。海外での演奏も多く、ウィーンフィルの本拠地ウィーン楽友協会黄金のホールで3回、ニューヨークカーネギーホールで2回コンサート。被災地の子ども達を支援する活動も続け、東日本大震災の際は被災した松からコカリナを製作し、被災地の子ども達にプレゼント。また、ウクライナの子ども達を支援するコンサートを続けている。また、25年以上前から広島で被爆した木からできた被爆樹コカリナを演奏し続けている。戦後80年の2025年には広島市が管理していた被爆樹の剪定枝から新たな被爆樹コカリナを製作、広島の子ども達にプレゼントし、共に演奏した。その模様はNHK「おはよう日本」で全国放送された。また近年は小説も書き2023年「独鈷山(とっこざん)」を、2024年「少年と少年」を出版。「独鈷山」は映画化に向けて活動中。
NPO法人日本コカリナ協会ホームページ https://www.kocarina-k.or.jp/

矢口周美(やぐちかねみ)/うた
和歌山県新宮市出身。現在コカリナ奏者黒坂黒太郎のコンサートにボーカルとして参加。黒坂やコカリナアンサンブルとの共演で、ウイーン楽友協会黄金のホール、N.Y.カーネギーホールなどでも歌声を披露。高い評価を得る。また、東京紀尾井ホールや東京浜離宮朝日ホールなどでもリサイタルを開催、成功させる。「ユーレイズミーアップ」の作者B.グラハム氏から「私は彼女が歌にもたらす、その美しい叙情的な声質が本当に好きなのです」と絶賛された。

新倉一梓(にいくら かずさ)/ピアノ
東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。卒業時アカンサス音楽賞(首席)受賞。
東京芸術大学大学院作曲専攻修了。作曲を末吉保雄、夏田昌和、小鍛冶邦隆に師事。書家で詩人の相田みつを作詞の「ひとりでもいい」の作曲を担当。また、矢口周美のCD「あなたにあえて」の編曲を担当。また、黒坂黒太郎のコカリナコンサートに伴奏者として参加。他、多数の作曲、アレンジに携わる。

関西コカリナアンサンブル
2019年6月に定期的に黒坂が指導を行う西日本初めてのコカリナ合奏団として誕生。兵庫・大阪・奈良・滋賀などから集まったメンバー(約40名)が、月に1度、黒坂の指導のもと、コカリナの演奏技術を磨いている。2024年4月第2回の定期演奏会をハーバーホールで開催。満員の観客を美しい音色で魅了した。2026年5月には第3回定期演奏会を予定。

三木労音2・3月例会(第211回)
黒坂黒太郎 コカリナとうたのコンサート
2026年3月29日(日)14:00開演
三木市文化会館小ホール
三木労音会員へ入会希望の方は、チラシ裏の入会申込書に会費2か月分(黒坂黒太郎コカリナ例会から参加希望の方は2・3月分)と入会金(1,000円)を添えて、三木労音会員か事務局までお申し込み下さい。
ホームページからの入会申込みはこちら→http://www.mikiroon.com/info.html
詳細は三木労音事務局 TEL 0794-82-9775、またはメールinfo@mikiroon.comまでお問い合わせください。

2026年2月10日火曜日

年明け早々にサークルフェスティバルで盛り上がりました!

このブログでは2026年初投稿(笑)いろいろあってサボっていました。
あけましておめでとうございます😅😅
もうすぐ旧暦の正月ですね😂

さて、先月1月18日(日)に三木労音新春サークルフェスティバルを開催しました。


いつもは年末に開催するのですが、今回は諸事情で年明けに。
6組の模擬店、8組のステージ発表プログラムでした。
開催時期がいつもと違うので参加できなかったグループもありましたが、逆にこの時期だから参加できたという初参加のグループもありました。

まずは11:00から模擬店がオープン👛




趣向を凝らした各模擬店、そして会員の皆さんから提供いただいた品物によるバザーを物色する人だかりでにぎわいました😄

そして13:00からはステージ発表💃
今回は音響ボランティアさんのご都合がつかなかったので、ステージを使わず客席と同じフロアの上で行いました。
ステージと客席が近く、また照明もつけたままでお互いの顔もよくわかり、これはこれで一体感があって良かったねとの声も多かったです✨

オカリナやまびこⒶ

いつも楽しい司会の腰前さん😄

和田会長からのあいさつは、次の出番の衣装で👗

Hula HaleⒶ(PuaPua)

Hula HaleⒶ(LeaLea)

ケンちゃんオカリナ

ケンちゃんオカリナ(ソロ)

藤本招吾さん(ハーモニカ)

オカリナやまびこⒷ

Hula HaleⒷ(PuaPua&LeaLea)

Hula HaleⒷ(Aloalo)

ムジカドルチェ

みんなでうたごえコーナー

途中、3月の黒坂黒太郎コカリナ例会での共演に向けて12月から練習を始めている三木コカリナアンサンブルから7名が、歌の合間に中間発表をしました。

最後は久しぶりに「太陽をつかまえよう」で、会場のみなさんと歌って踊って盛り上がりました💪

今回はいつもより少し小さ目の規模でしたが、参加者同士で親交をあたため合えて良かったです。そんな声をたくさん聞きましたよ👂
「こうしないといけない」なんて思い込みはどんどん捨てると、まだまだ出来ることがたくさんありますね😊
参加者みなさんで力を合わせ、あったかフェスティバルになりました💝
2026年も幸先の良いスタートが切れましたね。

2025年12月1日月曜日

三木市文化会館に響き渡った、ソロで弾く壮大な新世界全楽章演奏!

今日から師走となり、今年もいよいよ残すところひと月となりました。
街はもうクリスマス一色に染まっているのではないでしょうか。
(三木はそこまでもなく落ち着いています)

さて、もう先月となってしまいましたが、11月16日(日)に開催しました三木労音例会「神田将(ゆき)エレクトーンリサイタル」のご報告です。
三木労音例会へは今回で4度目のご出演となったエレクトーン奏者の神田将さん。
前回2021年以来、4年ぶりの三木市文化会館への来訪を、当日スタッフ一同で歓迎しました。

会長からのあいさつ

会から記念品を進呈

スタッフ一同で記念撮影をさせていただきました。

前回は元劇団四季の松本昌子さん、畠山典之さんと共演の、ミュージカルナンバーを中心としたプログラムをお届けいただきましたが、今回は神田さんの真骨頂であるエレクトーン1台によるソロ演奏をお願いしました。

第一部はドラマティックな映画音楽から開始。
「1音目からスゴイ!心を掴まれた」との声を多く聞くほど、皆さんを神田将ワールドへ一気に引き込みました。

間のトークも聴く人を飽きさせません。
お話で次に聴く楽曲へのイメージ作りもしっかり整えてくださいます。

箱根観光のテーマ曲「HAKONECTION」(現地のプレス発表ではオーケストラ曲を神田さんの演奏で発表されたそうです)をはじめ、クラシックの名曲の数々、そして静から動の情熱を込めたリヴァーダンスと、一部だけでも十分聞き応えのあるステージに、客席からも大喝采が沸き起こりました。

そして第二部。
今回のステージのメインプログラムであり、神田将さんが今最も力を入れて挑戦されている演目でもある、ドヴォルザーク作曲交響曲第9番「新世界より」の全楽章演奏。
しっかり正装でご登場の神田将さん。気合の入り方が伝わってきます。
演奏前に、作品についてのレクチャーをお話と演奏も交えてしてくださり、準備も万端。
そして演奏が始まります。
「新世界より」は4楽章で約50分という、三木労音でこれまで聴いてきた中でも一番の大曲が、ここ三木市文化会館小ホールに響き渡りました。
しかし、各所に有名なフレーズがあり(一番有名なものには「遠き山に日は落ちて」で知られるメロディーがあります)、また親しみやすいメロディーがモチーフとして散りばめられおり、何より神田さんの信じられないほどの素晴らしい演奏(複雑に構成された交響曲を、まるで各楽器の演奏者がいるかのように巧みに弾き分けながらひとつの大きなうねりに仕上げていかれ、本当に目をつぶって聴くとオーケストラが演奏しているよう)で、初めてちゃんと4楽章を通して聴かれた方からも「長いと感じなかった」との声が多く寄せられたほど、聴衆を強く引き込み虜にした演奏でした。

(上記のみ上田海斗様からのご提供)
演奏後、大喝采を浴びる神田さん

このたびの三木労音例会のステージが、神田さんにとって新世界全楽章演奏の3回目、また東京以外では初めての場所だったそうです。
三木労音ではこれまで2回のソロステージ、1回のゲストを交えてのステージを聴いてきて、神田ファンも多く存在する当会にとって、このたび4度目となるステージでこのような素晴らしい演奏を聴かせていただいたのは、何よりの贈りものでしたね。
皆さん大変興奮して客席を後にされていましたし、終演後に代わりで参加された数名の方から入会申込をいただけたことなどからも、みなさんの大満足の評価が伺えます。

神田さんには、これからもエレクトーンによる交響曲の全楽章演奏というジャンルにますます磨きをかけていただきたいですね!
またあまり間をおかずに、再び三木へお越しいただけることを願いつつ、私達もがんばって活動を継続していきたいと、あらためて心に誓った例会となりました。

2025年10月20日月曜日

【次回例会紹介】エレクトーン独奏による新たなステージ “交響曲全楽章演奏”への挑戦 ― 神田 将(かんだ ゆき/エレクトーン奏者)

次回例会は、4度目のご出演(過去最多タイ)となるエレクトーン奏者の神田将(ゆき)さんにご登場いただきます。
今回のブログでは、神田将さんへのインタビューをご紹介します。
聞き手 小巻健(三木労音事務局長)

神田将さん



―神田さんにはこれまで2014年、2017年、そして2021年と三度ご出演いただき、その都度素晴らしい舞台に我々感動してきました。
今回、4年ぶりのご出演となりますが、前回のご出演から今日までで、神田さんの演奏活動で変化があったことなどを教えてください。

神田将さん(以下、神田さん) 前回は2021年、まだコロナ禍の真っ只中の厳しい状況の中で、例会を成功させていただいて本当にありがとうございました。
この間はコロナ禍によって音楽を取り巻く環境が本当に大きく変わってしまい、公演を作るという意味でも、お客様に何をお届けするかという意味でも、それまでの常識が大きく変わってしまいました。これからの時代にどういうステージをお届けするのか、お客様が求めているものも変化してきていると思うので、それにどう対応していくか、さらに我々もどうやって生き残っていくか。これまで希望を持ってやってきたものが、単純に希望だけでは立ち行かず、かといって演奏家があまり世知辛いような顔をして人前に立つというのもいかがなものか、そういう狭間で多くのアーティストが苦労してきたと思います。私は原点に戻って、何で自分が音楽を始めたのか、お客様に何をお届けしたいのか、実際には何を求められているのかというのをもう一度考えて、再スタートの気持ちでここ2、3年は活動させてもらっています。
コロナ以降、外出しにくくなってしまった方も増えてきた中、そういう方にも思い切ってコンサート会場へ出かけていただくために、どんな魅力をこちらが提案できるか、その点は本当に深く考え直しました。これまで「楽しいから弾いていた」「皆さんがこの曲が好きだから弾いていた」だったものが、この曲を演奏する意味は何なのか、楽しい演奏会でありながらも、何か参加することの意味を感じてもらえるような、そういうステージをやりたいと強く思うようになりました。それが実現できているかどうかまだわかりませんが、改めて考えることで自分の在り方というのがまた見えてきた気がします。
だからといって、小難しく屁理屈つけてやっているというわけではなく、一つ一つの演奏会に向けての覚悟を持ってやってこうという思いが非常に強くなりました。そこが一番大きな変化だと思います。

―このたびの11/16のプログラムにはドヴォルザークの交響曲『新世界より』の全曲演奏を入れていただいています。神田さんにとって交響曲、それも全楽章を通しての演奏というのはどのような挑戦なのでしょうか。

神田さん これまでも長い曲ということだけで言えば、ワーグナーのオペラが全幕で4時間ぐらいということはありましたが、オペラの場合、ステージには私以外に歌手もいますし、起承転結の物語があるので、確かに大変ですけれどもそれなりにいけていたのです。他にもカルメンにしろプッチーニの作品にしろ、大体平均2時間半から3時間を演奏し続ける、それ自体には慣れているのですが、その中でもシンフォニー(交響曲)というのはやっぱりとても特別なのです。それは作曲家にとっての名刺代わりとも言える、作曲家が命をかけて書いていく音楽なのです。作品の種類によって甲乙つけるのはいかがなものかとも思いますが、やはりシンフォニーを書く、そしてそれを演奏するというのは特別な意味があると思っています。私もエレクトーンでクラシックを志した瞬間から、いつかはシンフォニーを弾きたいとの思いはあったのですが、これまで自分には力が足りないと敬遠をしてきました。ただこれまで単楽章だとチャイコフスキーの6番、またいくつかのベートーヴェンやブラームスなど弾いてきましたが、全楽章というと、短いものでも30分、長ければ1時間を超えるものもあり、それを全部単身でコントロールをして音楽として聞かせるというのはすごく精神的に厳しい。単純に弾くだけであれば、若い時の方がむしろできたのかもしれないですが、ただ弾くだけではシンフォニーに当然なりません。音楽的解釈の深さ、隅々まで意識が行き届いているか、そういうところを問われ、なおかつ実現してこそのシンフォニーで、単にお客様に私一人で頑張っているサーカスを見るのにお付き合いいただくというのはちょっと違うだろう、と。それが30年間の敬遠の理由でした。
私がシンフォニーをある程度まとまって演奏したきっかけになったのは、第九だったのです。最初に第九の演奏を頼まれた時にも、まだ早いのでと断って、でも何度も誘われて何とかやりましたけれど、やはり一つの形になるにはスタート時点から10年はかかりました。同じようにシンフォニーの全楽章を一人で演奏するにあたっても、いつか始めなければいつまでも始まらない、そしてステージの上で何度も繰り返し経験して、うまくいったり挫折したり、そういうのを繰り返して、ようやく満を持してとなるには10年以上かかると思うのです。それでもまずはやらなければものが始まらない。一つの歴史を作っていく、そんな気持ちで今年5月の東京文化会館でのリサイタルで初めて演奏しました。
この挑戦は、実はここ3年ぐらいリサイタルごとに準備をしては取り下げるということを何度か繰り返し、今年の5月も直前まで演奏しようか随分悩みました。でも何とか頑張ってやりました。自分としては納得いくところまでは届きませんでしたが、悩みながらも体当たりで今出せるものを全て出し切った、お客様はそういうところに惜しみない拍手をくださったのだと思います。これがスタートで、10年後までに何とかこれを仕上げていきたいという大きな目標をもらいました。しかしなかなか演奏する機会がないわけです。これを我慢して聞いてくださるところが。先日9月の宍粟労音のステージでは4楽章のみ演奏しましたが、その時に舞台上でのトークも含めて三木労音事務局の小巻さんに聞いてもらい、公演後に「じゃあ三木で全楽章を」という話をいただきまして、私、本当にありがたいなと思いました。その後、東京の北千住でやらせてもらう機会がありました。その時が5月に次いで2回目の通しの演奏でしたが、やっぱり1回目に比べると全然手応えが大きく、三木に向けてこれはいける、会員さんにも満足していただけるのではないかなという景色が見えました。まだ余裕とまでいきませんけれども、大分洗練されてきたという手応えがありましたので、ご期待いただきたいと思います。
シンフォニーを演奏するにあたって何が大変かというと、まず標題音楽(注:タイトルや説明文などで表された内容を、音で表す音楽)ではないので、音楽そのもの、「音」で全てを伝えないといけない、聴き手が音のみで想像の中の世界を構築していくということが難しく、これがオーケストラの場合、名手が揃えば一定以上いいものができるのですが、一人で弾くとなると、楽器から楽器へのメロディーの受け渡しだったり、ハーモニーの構築の仕方だったりが非常に難しい。もちろん体力の配分という意味でも非常に頭脳も必要です。さらに、前もって体調などもコントロールしていかないと、途中で何かミスやトラブルが起きてももちろん止まれないわけですから、ノンストップで最後まで行くという精神力をどうキープするかにかかっています。非常にチャレンジではあるわけですが、これに挑戦させていただける三木労音の皆さんの懐の深さには、ただただ感謝です。

―その交響曲全楽章演奏に際して選ばれたドヴォルザークの『新世界より』について、この作品を選ばれた理由や作品の魅力を教えてください。

神田さん まず、シンフォニーというのは数々ありますが、『新世界より』は全楽章を通して馴染みやすいテーマ(主題=メロディー)がたくさん出てくるので、クラシックが得意な方もそうでない方も幅広く聴いていただく上で、この作品に勝るものはないと思っています。ベートーヴェンなどでも『運命』や『田園』など有名作品でも一部分しか馴染みがない。『運命』でもみんな一楽章しか知らないと思います。そうした時に、全楽章を通してもわかりやすく、重苦しくなく受け止めてもらえるということがまず一つ、また『新世界より』というサブタイトルがついていることで、標題音楽までいかずとも作品の世界をイメージしやすいと思います。どんなに素晴らしい作品であっても、一人の人間が45分背中を見せながら演奏しているのは、ビジュアル的には退屈なわけですよね。そこで聴いている方々がそれぞれ脳裏にいろんな風景を思い浮かべていただきたい。ひとつの映画を観ているように、ご自身がその風景の中に入り込んで、それぞれのストーリーを紡いでいただく、それにはこの曲は非常にぴったりだと思っています。それとシンフォニーでもう一つ大事なのは、1楽章で出てきたテーマ、2楽章で出てきたテーマが、4楽章でまた繰り返し出てくるなど、四つの楽章が非常に深く関わり合っていることで、「またこのテーマが出てきた」「ここでもこんなふうに使われている」と、宝探し気分のように楽しんでいただけることです。
クラシックに精通している方にも聞き応えがある作品ですし、入り口に立たれた方にもシンフォニーってこんなに楽しい、気持ちいい、ということを味わっていただきたいと思い、この曲を選びました。

―神田さんが様々なオーケストラ作品をエレクトーンで演奏する際には、ご自身で編曲をされているとのことですが、編曲にあたってはどのようなことを大切にしておられますか。

神田さん まずは作曲家の意図をきちんと汲み取ることが大事だと思っています。スコアという縦の糸を通す作業はそんなに大変なことじゃないのです。でもなぜその糸を使ってこういう布を編み出したのか、そこには何か意図があるわけで、そこを聴いている人に伝えられないのであれば、それは単なるコピーになってしまうわけです。これを音楽にして、なおかつ管弦楽団が演奏するのとは違って一人で弾くという無茶な状態を、お客様に安心して聞いていただき、かつ、今回のドヴォルザークであれば、ドヴォルザークとして聞いてもらえるかどうか、そのゴールをまず定めます。その上で、全ての音を十本の指で100%演奏することは不可能なので、どこが主軸で欠かすことができないか、どこが削っても音楽全体への影響が少ないか、という取捨選択をきちんとすること、そして音楽の横のつながりがきちんと演奏として処理できるように線を描いていくことが大事で、そういったことを考えながらですので、編曲そのものが最も時間かかります。全工程のうちの80%が編曲で、残り15%でエレクトーンの音色の組み合わせデータを作り、残りの5%で練習をするというぐらいの時間配分なので、ほぼ編曲がすべてと言ってもいいかもしれません。ヴァイオリンやピアノなど他の楽器であれば、私が今申し上げた95%の段階はスルーできて、残り5%のところから始められるわけですが、それをゼロからやっているというところに大変だという苦労はありながらも、そこから手をつけられるという幸せを最近は非常に実感しています。服飾に例えると、すべてがオートクチュールです。また演奏会一つ一つにもデザインを決めて仕込んでいく。例えば第一部にもいろんな曲を弾かせてもらいますが、ただレパートリーを並べたわけではなく、色彩の変化であったり、聴き応え、お客さんの心情の変化をうまく合わせて、こういう組み合わせになればこういう音色にした方がいいだろうと微調整を加えていきます。5曲弾くのであれば5曲のアルバムを新たに録音するような気持ちで、しっかり整えて伺うようにしています。

―最後に11/16の例会に向けての抱負をお願いします。

神田さん まずは4回も呼んでいただいて、飽きもせず懲りもせず私の演奏を聴いていただけるということに心から感謝します。やはり繰り返しお邪魔するから、変化したな、進化したな、というところを実感していただきたいと思います。私も最初にお邪魔したころから比べれば随分と年も取って貫禄もつきましたけれども、貫禄だけついて中身変わらないねでは具合が悪いわけですから、親しみは昔と変わらず、でも音楽的にはだいぶいい感じになってきたな、そう思っていただけるように精一杯尽くしたいと思っています。
とにかく 音楽というのは好みの世界ですから、合う合わないの個人差はあると思いますが、コンサートの中で一つでも「すごい、これは良かったな」と思っていただけるような、お一人お一人に一瞬一瞬でも心に刺さるものを残したいなと思っていますので、ぜひ楽しみにしてください。

このインタビューは、神田さんのご協力のもと、10月7日にZoomにて実施しました。



神田 将 プロフィール
たった1台のエレクトーンでフルオーケストラに迫るサウンドを奏で、電子楽器の常識を覆したエレクトーン奏者。
特にクラシック作品の演奏を得意とし、カザルスホールなどのクラシック音楽専用ホールでのリサイタルを2006年以来続ける。
毎年、100回を超えるコンサートに出演しており、一音ごとに魂のこもった演奏と心に染み込むトークを織り交ぜたコンサートスタイルで、クラシックファンのみならず、幅広い層から好評を博している。
2001年10月には、IMC(国際音楽評議会)総会の初の日本開催にあたり東京芸術劇場で催された記念演奏会に出演し、世界各国の音楽関係者から高い評価を受けた。2009年、2010年には中国上海国際芸術祭に出演、2009年から仙台クラシックフェスティバルに連続出演、2013年と2014年には霧島国際音楽祭に出演。これらはエレクトーン演奏家として史上初の快挙となった。
また、ソロの演奏活動にとどまらず、ソプラノのサイ・イエングアンや二胡の姜建華をはじめとしたクラシック界のトップ・アーティストとも数多く共演し、その卓越した音楽性は世界的オペラ演出家ミヒャエル・ハンペにも絶賛された。公演の音楽監督、作編曲、演出の手腕にも定評があり、一流演奏家たちからの信頼も厚い。
そのほか、全国の小中学校への訪問コンサートを通じ、子供たちに音楽の真価を伝えるための活動も積極的に行っている。
オフィシャルウェブサイト https://www.yksonic.com/index.html

三木労音10・11月例会(第209回)
神田 将  Kanda Yuki エレクトーンリサイタル
2025年11月16日(日)14:00開演
三木市文化会館小ホール
三木労音会員へ入会希望の方は、チラシ裏の入会申込書に会費2か月分(神田将エレクトーン例会から参加希望の方は10・11月分)と入会金(1,000円)を添えて、三木労音会員か事務局までお申し込み下さい。
ホームページからの入会申込みはこちら→http://www.mikiroon.com/info.html
詳細は三木労音事務局 TEL 0794-82-9775、またはメールinfo@mikiroon.comまでお問い合わせください。

2025年10月15日水曜日

コアな邦楽曲から異色のPOPS・洋楽まで。和楽器の魅力を存分に味わったコンサートでした!

10月も半ばになりました。
しかし今年は暑さが続きますねー。秋風の中にまだ蒸し暑さが残っています。
来週ぐらいには寒くなってくるのでしょうかね?

さて、先月9月28日(日)に三木労音8・9月例会「和楽器アンサンブル真秀(まほら)コンサート」を開催、三木市文化会館小ホールに箏、尺八、三弦、太鼓の艶やかかつ引き締まった音色が会場いっぱい響きました。

このグループは、一昨年の三木労音企画会議の際に会長がYouTubeを見て面白そうということで例会候補に挙がり、昨年に岐阜市まで演奏を聴きに行き、そして今年度の例会として実現。
その後も今年7月に東京へご挨拶&YouTube動画撮影見学、またZoomインタビュー、そして前日の尼崎でのライブ参加を経て、いよいよ当日を迎えることができました。


ステージ前半は古典曲から邦楽現代曲をマイクを通さない生音で。
筝曲独奏による宮城道雄作曲「ロンドンの夜の雨」で、しっとりと艶やかにスタート。

次の尺八と筝による沢井比河流作曲「真美夜」は、まるで現代音楽かプログレかのようでした。

そして江戸時代から伝わる古典曲「八重衣」。
本当はもっと長い曲だそうですが、一部抜粋でお届けいただきました。

前半最後は江戸信吾作曲「ソーランスケルツォ」。
お馴染み"ソーラン節”のメロディーがいろんな形で展開していく華やかなアンサンブルでした。
普段馴染みのない本格的な邦楽曲を中心としたプログラムの第1部でしたが、筝合奏の重厚さ、情感豊かな尺八の音色などに魅了され、「一部が良かった」「もっと古典を聴きたい」との声も多く上がるほど評判の演奏でした。

そして後半は真秀らしさが全開のオリジナル&POPS洋楽の邦楽器カヴァープログラム。
ここからはマイクも通して、冨田さんの太鼓がドラムセットのようになり、ユーミンや久石譲や葉加瀬太郎、はたまたムーディなジャズからイーグルス、マイケル・ジャクソンまで、最後はルパン三世と、和楽器のイメージを覆す選曲ながら和楽器らしさを活かしたアレンジで、会場を沸かせました。

POPS、洋楽を演奏する際も、邦楽器のエッセンスが感じられるアレンジのセンスがキラリと光り、ただ聴き手に媚びて演奏するのではない、今の時代に生きる彼女達の本気度が伝わってくる演奏なので、聴いていて爽快さを感じます。


終演後、初めて真秀を聴かれた会員の良かったという声、いつもいろんな音楽との出会いをありがとうとの声、また真秀を知った方からはこんなすごい人達を三木に呼んでくれてありがとうとの声と、感動の声を様々聞きました。また真秀の皆さんからも温かい観客だったとお礼と感謝を言っていただき、今回真秀の皆様にお越しいただくことができて良かったなとあらためて思いました。

また真秀の皆さんにはぜひこちらのほうへお越しいただきたいです。関西圏でのライブは希少なので今回聴けた人はラッキーでしたね!
今後の真秀のご活躍に期待しています!!