2026年4月21日火曜日

爽やかなコカリナの木の音色と、包み込まれるような歌声のひとときでした

4月も半ばを過ぎました。まだ春だというのに今日の日中は夏のような暑さでしたね。
今年の夏はどうなることやら・・・😓

さて、まだ桜も咲きかけの頃だった先月3月29日(日)に、三木労音例会「黒坂黒太郎 コカリナとうたのコンサート」を開催しました。
黒坂さんは元々フォークシンガーとして全国を回っておられ、30年くらい前にコカリナを考案されてからはコカリナ奏者として様々な演奏活動を展開してこられています。
三木労音でもかなり以前から関心を持っていたのですが、ようやく今回初めてご出演いただく機会を作ることができました。

写真に大勢写っている白黒の服装の方々は、今回共演していただいた関西コカリナアンサンブルの皆さんと、今回共演させていただくために結成した地元メンバーの三木コカリナアンサンブルのみなさんです。

せっかく黒坂さんにご出演いただくのに、地名に「木」が付く三木の市民としては、木でできたコカリナを吹かない訳にはいかない(?)と、「地元メンバーによるコカリナアンサンブルで黒坂さんとステージ共演」というアイデアを黒坂さんに提案、承諾をいただき、昨年末から準備を始めました。
コカリナはリコーダーのように吹けばとりあえず音は出る楽器ですが、独特の運指と音程を綺麗に取るには難しい部分が多くあります。
まずは簡単なメロディーのものをと「故郷」と「村の鍛冶屋」(三木市の第二市歌的)を選び、昔コカリナを買っていたのに寝かせてしまっている人、また新たに楽器購入希望者と参加を募ったところ、まずは15名ほどが集まりました。

最初に関西コカリナアンサンブルから3名の方々に指導にお越しいただき、手ほどきを受けました。
指導に熱心についていく皆さん

その後、三木労音事務所にて皆さんそれぞれの都合に合わせて練習に参加できるよう、全20回の自主練習会を行い、少ない時で3~4名、多い時で10名ほどが、それぞれの練習会に集まり練習しました。
また、途中でサークルフェスティバルやうたごえ喫茶で中間発表も行い、少しずつ自信をつけながら当日に向けて準備を進めていきました。

そしていよいよやってきた例会日。
前日には三木市にやってこられた黒坂黒太郎さんご一行を、インタビューでお話する中で話題になった「コカリナ制作に欠かせない素晴らしい大工道具」を見ていただくために、三木市立金物資料館へご案内。
時代ごとに変わっていった大工道具の歴史をご覧いただくことができました。

当日は本番前にコカリナアンサンブルとのリハーサルをステージで行いましたが、そこで初めて関西コカリナアンサンブルの皆さん(26名)の演奏を聴き、またステージで一緒に合わせてもらい、三木のメンバー一同大感激。
リハーサルの後には、黒坂さん矢口さん新倉さん、そして関西コカリナアンサンブルの皆さんのささやかな歓迎会を行いました。
会長からの歓迎の挨拶

そしてついにコンサートが開演。
1部は黒坂さん矢口さん新倉さんのステージから始まりました。
コカリナは初めての三木労音会員の皆さんに、まずはコカリナの説明からしてくださった黒坂黒太郎さん。

そしてソプラノからコントラバスまで様々なコカリナを使いながら、その音色の素晴らしさを存分に披露してくださりました。
ソプラノコカリナは本当によく通る鳥のさえずりのような愛らしく艶やかな響き、そしてコントラバスコカリナは森の奥深くから聞こえてくるような深い響き。
素朴ながら心に響くその音色に魅了されました。

矢口周美さんの歌声は、コカリナの音色に寄り添い、まるで歌詞のないコカリナの思いを代弁しているかのようでした。
コカリナの音色と相まって、矢口さんの歌声にも魅了されました。

ピアニストの新倉一梓さんは近年の黒坂さんのコンサートには欠かせない存在で、伴奏、そしてアレンジにと、その音楽を支えておられます。

そして2部の最初に、コカリナアンサンブルの皆さんが勢揃い。
黒坂さんの指揮、新倉さんの伴奏で『村の鍛冶屋』『故郷』の2曲を合奏しました。
3列のうち最前列が三木のメンバー(14名)でしたが、練習の甲斐もあり皆さん堂々と演奏されました。

その後関西コカリナアンサンブルだけで2曲演奏していただきました。
2019年に結成され、5月に3回目の定期演奏会を控えられているだけあって、コカリナ合奏の魅力が存分に感じられる素晴らしい演奏でした。

その後は再び黒坂さん矢口さん新倉さんのステージに。

黒坂さん達は演奏活動をされる中で様々な人やコカリナの「木」との出会いがあり、その思いを受け継いて演奏されることもしばしば。
そんなひとつが、広島の被爆樹から作られたコカリナです。
コンサートの最後でその被爆樹コカリナを演奏されましたが、広島の高校生から託された被爆樹が、何ともいえない音色を奏でる楽器に生まれ変わり、黒坂さんの作曲されたメロディーとも相まって、被爆した人々の無念を訴えるような印象深い音色でした。
コカリナは楽器の成り立ちからその音色を聞くだけで、木や森、そして大自然からのメッセージが聞こえてくるような楽器です。
無用な自然破壊、そしてその最たるものが戦争。コカリナの穏やかな音色を聴いていると、それらへの静かなプロテストのようにも思えてきました。
温かな音色、歌声、そしてメッセージが伝わってくる、とっても素敵なコンサートでした。

コンサート終演後は、黒坂さん達を囲んで、関西コカリナアンサンブルメンバーと三木のメンバーとで文化会館B1レストラン夢郷にて打ち上げを行いました。
黒坂さん矢口さん、また関西コカリナアンサンブルメンバーからも三木のメンバーの演奏を褒めていただき、また今回コカリナ演奏、アンサンブルの魅力を教えていただいたことで、三木の皆さんもヤル気がムクムクと沸いてきました。このまま終わるということはないでしょう。

今回の例会を通じて、このような素晴らしい機会を持てたことに、コカリナ創始者でご出演いただいた黒坂さんをはじめ、それをつないできてくださった方々、協力くださった皆さんに心より感謝します!

当日のコカリナアンサンブル共演の模様は、黒坂さんのYouYubeチャンネル「がんばろう人類!コカリナ放送局」でも紹介していただきました。

2026年3月5日木曜日

雪の中での開催!冴えわたった吉弥さんの落語の世界

もうそろそろ1か月が経とうとしていますが・・・
先月2月8日(日)に、三木労音例会「桂吉弥独演会」を開催しました。

そう、あの雪の日でした!

直前の天気予報でも雪の予報が出ていて「まあこんなこともあるよね~」と思っていたのですが、当日の朝は三木では珍しく前の夜に降った雪がうっすらと積もっていました。
道路はまだ大丈夫でしたし、これなら大丈夫よねと思って文化会館へ移動し、準備をしていると、窓越しに見える雪模様が段々と激しくなるではありませんか!
お昼前にはほぼ吹雪に・・・

そうこうしてるうちに、吉弥さんご一行が無事到着。早めに出てくださったそうですが、高速道路も通行止めになっていて遠回りして何とかたどり着かれたとか。

三木労音会員の運営スタッフ皆さんも何とか無事会館まで来られました。

まずは三木労音例会4度目となる吉弥さんはじめ、出演者の皆さんをスタッフで歓迎。
まずは、この雪の中をお越しいただいたことに対する労いと感謝の言葉を贈りました。
実際にこうしてお顔を合わせますと、今から吉弥さんの落語を生で聴けるんだという実感がわいてきて、テンションが上がります!

それでも開演が近づくにつれて、「今日はするのですか?」との問い合わせも何本かかかってきたり、「家から出れない」「やめときます」との連絡があったり・・・
会館のポーチにも雪がどんどん積もっていきます(道路は大丈夫でしたよ)。
さて、どれくらいの方が足を運んでくださるでしょうか、そんな心配の中開場しますと、それでも大勢の方が積雪をものともせず集まってくださいました!

桂弥っこさん「ん廻し」

桂吉弥さん「蛸芝居」

桂吉の丞さん「胴斬り」

桂吉弥さん「ホース演芸場」

そして中入り後は、桂吉弥さん「たちきり」

演目ごとに違った魅力を楽しめましたが、中でも吉弥さんの創作落語「ホース演芸場」と、人情噺の「たちきり」は、それぞれ三木労音のこれまでの落語例会ではなかった、初めての種類の演目でした。
終演後、満足顔で帰る方の中からも、その二つの噺が多く話題に上っていましたね。

皆さんそれぞれ大熱演で、予定時間を大きくオーバーして、終わったのは何と午後5時前!
たっぷりと3時間弱の、長いようであっという間のたのしいひとときでした。
三木労音例会の出演者の中では4回目のご出演は過去最多タイになります。
今回雪で来れなかった方の雪辱を果たすためにも、ぜひまた5回目お越しいただきたいですね!

2026年3月2日月曜日

【次回例会紹介】小さな木の笛コカリナ、その音色は木が語りかけてくる物語 ― 黒坂黒太郎 (コカリナ奏者) 

次回例会は、全国に広がっている木でできた小さな笛「コカリナ」の創始者・黒坂黒太郎さんにご登場いただきます。
今回のブログでは、黒坂黒太郎さんへのインタビューをご紹介します。
聞き手 小巻健(三木労音事務局長)

黒坂黒太郎さん



―まずはじめにコカリナとの出会いを教えてください。

黒坂黒太郎さん(以下、黒坂さん) 僕は大学を卒業してからフォークシンガーとして活動していました。一方で高校時代からフルートも好きでやっていました。コンサートでもフルートを吹いたり、笛が好きでいろんなところへ行ってはそこの土地の笛を買って集めたりしていました。
ハンガリーの作曲家・コダーイに興味があり、ハンガリーにも何度か行くようになりましたが、その延長線上で今のコカリナの基になった小さな笛にたまたま出会いました。
実は最初に見つけたのは私ではなく、私の笛好きを知っている、ハンガリーに度々行っている友達で、お土産にと1本買ってきてくれたのが出会いでした。その小さな笛に私はとっても魅力を感じてしまったんですね。今まで出会った笛と構造が全く違っていて、しかも全部木で出来ている。リコーダーとも違う。
僕が育ったのは長野県の小さな村で、木に囲まれて育ちましたから、「あ、これが木の音だ」と雷が落ちたような衝撃を受けました。これほど木の音を出してくれる笛はおそらく他にないでしょう。
これは絶対やっていきたいと思いました。ただ最初のそれはおもちゃみたいな感じで、音色は良いのですが、音程があんまり良くない。でもこれは絶対もっといいものになるはずだと思いました。その笛を作っている方を探してハンガリーまで行き、作っている方に出会い、どうやって作っているかを教えていただいて、その笛を大量に買って日本に持って帰ってきました。日本で何人かの木工家の知人に依頼して作ってもらったところ、さすがに日本の木工家の方は優れていましたね、京都・芦生の木工家の方はすぐに作ってくださり、それがとてもいいのです。僕も色々アドバイスはしましたが、向こうのものよりもとても精巧に作ってくださいました。以後、フォークソングのコンサートの中でも紹介していきました。
この笛がお土産として手元に来たのが1995年1月、阪神淡路大震災の直後ぐらいでした。同年4月に、神戸で前から予定されていたコンサートを急遽被災者支援コンサートとして開催しました。いざステージに立つと、被災されてどん底にいる目の前の人たちにどうやって言葉をかけていいかわからない、どういう風に歌っていいかわからない、そんな時たまたま持ってきていたその笛で『浜辺の歌』を吹いたところ、皆さん涙をポロポロ流しながら聞いてくださいました。それがおそらく日本で一番最初に聴いていただいた音ではないでしょうか。そこからスタートしました。ちょっと因縁めいていますが、神様が導いてくれたのかもしれないと思っています。
この笛はハンガリーでは「桜の木で出来たオカリナ」と呼ばれていましたが、名前が長いので日本は「木」を「コ」とも読むということで「コカリナ」と呼ぶようにしました。

―黒坂さんがフォークシンガーの活動をしておられた頃に影響を受けられたという民俗学者の故・宮本常一氏について教えてください。

黒坂さん 宮本常一先生との出会いは、僕にとってはものすごく大きなことでした。僕の歌手活動のデビューは大手レコード会社のキングレコードからでした。メジャー路線でレコード会社のほうでも結構力を入れてくれたのですが、時流に合わせてヒット曲を狙うという商業的な部分がどうも自分に合わない、売れる・売れないを気にするより、まずはいろんな人を元気づけるような歌を歌っていきたいと思うようになり、生意気盛りの20代後半もあって会社の人と言い争って辞めてしまったのです。当時、労音の皆さんが各地で一生懸命コンサートを開いていて、いろんなところで僕のコンサートも組んでくださっていたので、全国各地を回り始めていました。宮本先生に出会ったのはその時期で、引き合わせてくれたのはその頃友人となった周防猿回しの村崎修二さんでした。
宮本先生にお会いして、いろんなところを歩いて、コンサートをやっていきたいという話をしましたら、それはすごくいいと励ましてくださり、「文化というのは中央にだけあるのじゃない、地域ごとに素晴らしいものがあるから、そういう人たちと一緒に何かを作っていきなさい」という言葉をかけてもらいました。これはレコード会社をやめてこれからどうしようかなと思っていた当時の僕にとって、まさに天の声のように励まされました。それからは宮本先生が当時されていた観光文化研究所に出入りするようになり、活動の中で出会った人たちとのことを文章にすることを勧められて、宮本先生の「あるく みる きく」という、シリーズで150巻ぐらいある雑誌の120巻のところを僕が全部書かせていただいたりもしました。宮本先生が亡くなられた時は、猿回しと、鬼太鼓座(現:鼓童)、坂本長利さんという一人芝居の方、そして僕の4人で追悼コンサートをやらせていただいたりして、これからは宮本先生の遺志を継いで、とにかく丁寧にコンサートをやっていこうと心に誓いました。そしてその流れの中でコカリナにも出会った、宮本先生に出会わずメジャー路線で行っていたら、きっとハンガリーに行くこともなかっただろうし、ハンガリーに行っていてもコカリナに出会うことも、また出会ったとしても気に止めることもなかったかなと思います。

―そのコカリナが広がっていくきっかけとなったエピソードを教えてください。

黒坂さん あれは長野オリンピックの時のことです。コカリナに出会ったのが阪神淡路大震災の1995年、長野オリンピックが1998年、その前々年1996年の春のことでした。当時オリンピック準備もすでに始まっていて、会場のひとつ長野県の志賀高原のある山ノ内町、僕はそれまで何度もコンサートやっていて町の人たちとも親しくしていましたが、そこで町の人とオリンピックの話をすると、オリンピックはいいんだけども、そのために町の木が結構切られていて辛いよね、という声を聞きました。その時にパッと「伐採された木でコカリナを作れないかな」と閃きました。行ってみると切られていたのはイタヤカエデというカエデの木で、すごく硬く、バイオリンにするには最高の木と言われている木でした。
早速その話をすると、町の人たちが木を運ぶ手伝いをしてくれて、先にお話しました京都の木工家の知人へ送り、早速作ってくれました。出来てきた小さなコカリナを見て、これは子供たちに吹いてもらうのが一番いいだろうということで、近くの山ノ内東小学校の子供達に100本プレゼントしました。そうしましたら子供たちがすごく喜んで。その中に一人、志賀高原から山ノ内町にスクールバスで通ってくる女の子がいて、彼女は自分が大好きだった楓がある日突然伐採されてしまった、すごく辛い思いでそれを見ながら登校していた彼女のもとに、その木が笛になって戻ってきた、という非常に運命的なことがありました。このことが基になって『コカリナの海』という児童文学が生まれました。
それで山ノ内東小学校の子供達みんながコカリナを吹いてくれた。それをオリンピック委員会が聞きつけてくださり、ぜひオリンピックのイベントでやって欲しいと依頼があり、長野市内で行われた表彰式などで演奏することになりました。この様子はテレビや新聞でも色々報道してくださり、全国から問い合わせがたくさん来ました。
それが広がっていくひとつの起点になりました。九州は鹿児島、福岡から、関西では神戸、大阪、また小さなサークルは無数にあるのですが。そして仙台、長野、東京、静岡・・・と広がっています。僕も最初、コカリナは独奏楽器としてある程度は広がると思っていたのですが、今のようにアンサンブルで広がっていくようになるとは思っていませんでした。
その大きな要因は、楽器の種類が増えたこと。これは木工家の方々の力です。普通はC管といってハ長調ですが、G管、またクラリネットと同じB♭管・・・私の埼玉の自宅の庭に小さな小屋があり、そこで試作品を作るのですが、それをもう少し綺麗な、しっかりしたものにしてくれと木工家の方に頼みます。これは専門の技術がないとできません。
例えば、コカリナはリコーダーのように下まで空洞が抜けていないのですが、これは上からくり抜いているためです。これがすごく難しい。特にC菅バスコカリナという大きな楽器では、20㎝以上掘っていって、下まで厚みが全く一緒じゃないといけない。こういうものを作れるのはみんな日本の木工家の技術のおかげです。いろんな楽器の種類ができて、アンサンブルができるようになったことで音楽的にもレベルが上がっていきます。僕は難しい曲じゃなければコカリナアンサンブルの響きはウィーンフィルよりいいんじゃないかと思っていますよ(笑)。ニューイヤーコンサートでラデッキー行進曲を聞いて、コカリナの方がいいんじゃないのと思ってしまいました。
すごいのは木工家の力だけでなく、木工家が使う道具もまたすごい。笛の胴体にリップという音が出る穴がありますが、この部分を鑿で一発でパシンって取るのです。また秋田では秋田杉で箪笥を作っていた職人にコカリナ作りをしていただいているのですが、その職人の方達が使っている道具はご自身が大将から頂いたもので今ではもう作れないという道具を使われています。

―今回のプログラムの中に被爆樹で作られたコカリナでの演奏がありますが、この楽器を演奏するようになられたきっかけを教えてください。

黒坂さん 僕の音楽活動のテーマのひとつとして「平和」について取り組んでいきたいという思いがあります。広島にはフォークソングをやってる頃から何度も伺っていますが、特に広島の高校生たちと出会ってからは、毎年8月6日に高校生たちとのコンサートをずっと続けてきて、彼らと一緒に歌を作るなどの取り組みもやってきました。
コカリナに出会った後、広島のコンサートの中でも吹きました。それを聴いた高校生たちから「僕たちは被爆した木を持っているので、それでコカリナは作れないだろうか」と話がありました。その木は真っ黒に焼けて炭みたいになったエノキでした。最初は無理だと思いましたが、焼けてない部分も少しあったのでとりあえず送ってもらい、音も出るかどうか確信のない中で作ってみました。そうしたらこれが何とも言えない音を出しまして。綺麗なというだけじゃなくて、何か魂があるような、焼けた部分が少し残っているせいかは分かりませんが、普通のエノキで作った楽器とは全然違った音が出てきてました。こうしてこの被爆樹コカリナでの演奏を始めました。
そうしていますと、広島市で8月6日前後に世界中の人たちが集まり開催される国際平和シンポジウムという催しで演奏する機会が巡ってきまして、そこでの演奏を聴いたアメリカ代表の方から、ぜひアメリカへ来てくれないかということで呼んでいただき、シアトルで演奏しました。そこで被爆樹コカリナのために作った「空」という曲や、アメージンググレースを吹いたのですが、この時の反響がすごかった。大変な感動で、涙を流される方も。アメリカという国は原爆を落とした側なのですが、やっぱり良心的な方もたくさんいらっしゃることを感じました。それからはアメリカではカーネギーホールでもやらせていただき、他にもオーストリアのウィーン、中国、韓国など、いろんなところで演奏しました。被爆樹コカリナの説明をしてから演奏を聞いていただくと、皆さんとても感動してくださる、やはり世界の皆さんはヒロシマ・ナガサキの悲劇はもうあってはいけないと思っておられるのです。特に昨年は被爆・終戦から80年ということで、広島、また沖縄でも、いろんなところで演奏させていただきました。

―今回共演していただく矢口周美さんと、新倉一梓さんについてご紹介ください。

黒坂さん 矢口周美は私の連れ合いでございまして、実はちょうど私がコカリナと出会った頃に彼女と結婚しました。前の奥さんを病気で亡くし、男の子二人を育てていてどうしようかという時に、たまたま彼女のお姉さんと東京で音楽活動を一緒にやっていた縁で知り合いました。彼女も和歌山の新宮というとこで労音の活動していまして、僕も呼んでもらったりしていました。
新婚旅行で僕も古くから付き合いのある函館労音(現・はこだて音楽鑑賞協会)を訪れた時、「周美さんも何か歌っていたんでしょう」と促されて歌いましたら、事務局長の梶原さんに、「お、いいじゃん。黒坂さんと一緒に音楽活動をやっていくといいよ」と言っていただいたことが、彼女の歌手活動の出発点となりました。それからコカリナの音と彼女の声が非常にマッチする、だんだんコカリナに添うような、木の声のような感じになってきたものですから、これはコンサートでも使えるなと思い、それからずっと一緒にやってきています。
新倉君とは、たまたまCDを作っている時にレコード会社の関係で知り合った、まだ若いピアニストです。でももう10年近く一緒にやってきているかな。東京藝大の作曲科を首席で卒業した素晴らしいピアニストで、アレンジも色々やってくれたりと、今では活動に欠かせない人です。

―最後に今回三木で立ち上げたコカリナアンサンブルとの共演についてコメントをお願いします。

黒坂さん 三木の皆さん、とっても嬉しいです。最初はたどたどしくても全然大丈夫です。音がとにかくいいですから、自信を持って一緒にやりましょう!神戸を拠点に練習している関西コカリナアンサンブルも一緒にコンサートに出演してくれます。コカリナはソロもいいですが、合奏になると木と木の重なり合う音が本当に美しいです。お楽しみください。

※このインタビューは黒坂黒太郎さんにご協力いただき、2月19日に神戸市内で実施させていただきました。



出演者プロフィール

黒坂黒太郎(正文)(くろさかくろたろう/まさふみ)/コカリナ
長野県上田市出身。コカリナの創始者。
1995年ハンガリーの民族楽器を楽器として精度の高いものに改良し「コカリナ」と命名。コカリナの第一人者として幅広く活躍している。海外での演奏も多く、ウィーンフィルの本拠地ウィーン楽友協会黄金のホールで3回、ニューヨークカーネギーホールで2回コンサート。被災地の子ども達を支援する活動も続け、東日本大震災の際は被災した松からコカリナを製作し、被災地の子ども達にプレゼント。また、ウクライナの子ども達を支援するコンサートを続けている。また、25年以上前から広島で被爆した木からできた被爆樹コカリナを演奏し続けている。戦後80年の2025年には広島市が管理していた被爆樹の剪定枝から新たな被爆樹コカリナを製作、広島の子ども達にプレゼントし、共に演奏した。その模様はNHK「おはよう日本」で全国放送された。また近年は小説も書き2023年「独鈷山(とっこざん)」を、2024年「少年と少年」を出版。「独鈷山」は映画化に向けて活動中。
NPO法人日本コカリナ協会ホームページ https://www.kocarina-k.or.jp/

矢口周美(やぐちかねみ)/うた
和歌山県新宮市出身。現在コカリナ奏者黒坂黒太郎のコンサートにボーカルとして参加。黒坂やコカリナアンサンブルとの共演で、ウイーン楽友協会黄金のホール、N.Y.カーネギーホールなどでも歌声を披露。高い評価を得る。また、東京紀尾井ホールや東京浜離宮朝日ホールなどでもリサイタルを開催、成功させる。「ユーレイズミーアップ」の作者B.グラハム氏から「私は彼女が歌にもたらす、その美しい叙情的な声質が本当に好きなのです」と絶賛された。

新倉一梓(にいくら かずさ)/ピアノ
東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。卒業時アカンサス音楽賞(首席)受賞。
東京芸術大学大学院作曲専攻修了。作曲を末吉保雄、夏田昌和、小鍛冶邦隆に師事。書家で詩人の相田みつを作詞の「ひとりでもいい」の作曲を担当。また、矢口周美のCD「あなたにあえて」の編曲を担当。また、黒坂黒太郎のコカリナコンサートに伴奏者として参加。他、多数の作曲、アレンジに携わる。

関西コカリナアンサンブル
2019年6月に定期的に黒坂が指導を行う西日本初めてのコカリナ合奏団として誕生。兵庫・大阪・奈良・滋賀などから集まったメンバー(約40名)が、月に1度、黒坂の指導のもと、コカリナの演奏技術を磨いている。2024年4月第2回の定期演奏会をハーバーホールで開催。満員の観客を美しい音色で魅了した。2026年5月には第3回定期演奏会を予定。

三木労音2・3月例会(第211回)
黒坂黒太郎 コカリナとうたのコンサート
2026年3月29日(日)14:00開演
三木市文化会館小ホール
三木労音会員へ入会希望の方は、チラシ裏の入会申込書に会費2か月分(黒坂黒太郎コカリナ例会から参加希望の方は2・3月分)と入会金(1,000円)を添えて、三木労音会員か事務局までお申し込み下さい。
ホームページからの入会申込みはこちら→http://www.mikiroon.com/info.html
詳細は三木労音事務局 TEL 0794-82-9775、またはメールinfo@mikiroon.comまでお問い合わせください。

2026年2月10日火曜日

年明け早々にサークルフェスティバルで盛り上がりました!

このブログでは2026年初投稿(笑)いろいろあってサボっていました。
あけましておめでとうございます😅😅
もうすぐ旧暦の正月ですね😂

さて、先月1月18日(日)に三木労音新春サークルフェスティバルを開催しました。


いつもは年末に開催するのですが、今回は諸事情で年明けに。
6組の模擬店、8組のステージ発表プログラムでした。
開催時期がいつもと違うので参加できなかったグループもありましたが、逆にこの時期だから参加できたという初参加のグループもありました。

まずは11:00から模擬店がオープン👛




趣向を凝らした各模擬店、そして会員の皆さんから提供いただいた品物によるバザーを物色する人だかりでにぎわいました😄

そして13:00からはステージ発表💃
今回は音響ボランティアさんのご都合がつかなかったので、ステージを使わず客席と同じフロアの上で行いました。
ステージと客席が近く、また照明もつけたままでお互いの顔もよくわかり、これはこれで一体感があって良かったねとの声も多かったです✨

オカリナやまびこⒶ

いつも楽しい司会の腰前さん😄

和田会長からのあいさつは、次の出番の衣装で👗

Hula HaleⒶ(PuaPua)

Hula HaleⒶ(LeaLea)

ケンちゃんオカリナ

ケンちゃんオカリナ(ソロ)

藤本招吾さん(ハーモニカ)

オカリナやまびこⒷ

Hula HaleⒷ(PuaPua&LeaLea)

Hula HaleⒷ(Aloalo)

ムジカドルチェ

みんなでうたごえコーナー

途中、3月の黒坂黒太郎コカリナ例会での共演に向けて12月から練習を始めている三木コカリナアンサンブルから7名が、歌の合間に中間発表をしました。

最後は久しぶりに「太陽をつかまえよう」で、会場のみなさんと歌って踊って盛り上がりました💪

今回はいつもより少し小さ目の規模でしたが、参加者同士で親交をあたため合えて良かったです。そんな声をたくさん聞きましたよ👂
「こうしないといけない」なんて思い込みはどんどん捨てると、まだまだ出来ることがたくさんありますね😊
参加者みなさんで力を合わせ、あったかフェスティバルになりました💝
2026年も幸先の良いスタートが切れましたね。

2025年12月1日月曜日

三木市文化会館に響き渡った、ソロで弾く壮大な新世界全楽章演奏!

今日から師走となり、今年もいよいよ残すところひと月となりました。
街はもうクリスマス一色に染まっているのではないでしょうか。
(三木はそこまでもなく落ち着いています)

さて、もう先月となってしまいましたが、11月16日(日)に開催しました三木労音例会「神田将(ゆき)エレクトーンリサイタル」のご報告です。
三木労音例会へは今回で4度目のご出演となったエレクトーン奏者の神田将さん。
前回2021年以来、4年ぶりの三木市文化会館への来訪を、当日スタッフ一同で歓迎しました。

会長からのあいさつ

会から記念品を進呈

スタッフ一同で記念撮影をさせていただきました。

前回は元劇団四季の松本昌子さん、畠山典之さんと共演の、ミュージカルナンバーを中心としたプログラムをお届けいただきましたが、今回は神田さんの真骨頂であるエレクトーン1台によるソロ演奏をお願いしました。

第一部はドラマティックな映画音楽から開始。
「1音目からスゴイ!心を掴まれた」との声を多く聞くほど、皆さんを神田将ワールドへ一気に引き込みました。

間のトークも聴く人を飽きさせません。
お話で次に聴く楽曲へのイメージ作りもしっかり整えてくださいます。

箱根観光のテーマ曲「HAKONECTION」(現地のプレス発表ではオーケストラ曲を神田さんの演奏で発表されたそうです)をはじめ、クラシックの名曲の数々、そして静から動の情熱を込めたリヴァーダンスと、一部だけでも十分聞き応えのあるステージに、客席からも大喝采が沸き起こりました。

そして第二部。
今回のステージのメインプログラムであり、神田将さんが今最も力を入れて挑戦されている演目でもある、ドヴォルザーク作曲交響曲第9番「新世界より」の全楽章演奏。
しっかり正装でご登場の神田将さん。気合の入り方が伝わってきます。
演奏前に、作品についてのレクチャーをお話と演奏も交えてしてくださり、準備も万端。
そして演奏が始まります。
「新世界より」は4楽章で約50分という、三木労音でこれまで聴いてきた中でも一番の大曲が、ここ三木市文化会館小ホールに響き渡りました。
しかし、各所に有名なフレーズがあり(一番有名なものには「遠き山に日は落ちて」で知られるメロディーがあります)、また親しみやすいメロディーがモチーフとして散りばめられおり、何より神田さんの信じられないほどの素晴らしい演奏(複雑に構成された交響曲を、まるで各楽器の演奏者がいるかのように巧みに弾き分けながらひとつの大きなうねりに仕上げていかれ、本当に目をつぶって聴くとオーケストラが演奏しているよう)で、初めてちゃんと4楽章を通して聴かれた方からも「長いと感じなかった」との声が多く寄せられたほど、聴衆を強く引き込み虜にした演奏でした。

(上記のみ上田海斗様からのご提供)
演奏後、大喝采を浴びる神田さん

このたびの三木労音例会のステージが、神田さんにとって新世界全楽章演奏の3回目、また東京以外では初めての場所だったそうです。
三木労音ではこれまで2回のソロステージ、1回のゲストを交えてのステージを聴いてきて、神田ファンも多く存在する当会にとって、このたび4度目となるステージでこのような素晴らしい演奏を聴かせていただいたのは、何よりの贈りものでしたね。
皆さん大変興奮して客席を後にされていましたし、終演後に代わりで参加された数名の方から入会申込をいただけたことなどからも、みなさんの大満足の評価が伺えます。

神田さんには、これからもエレクトーンによる交響曲の全楽章演奏というジャンルにますます磨きをかけていただきたいですね!
またあまり間をおかずに、再び三木へお越しいただけることを願いつつ、私達もがんばって活動を継続していきたいと、あらためて心に誓った例会となりました。