2025年10月20日月曜日

【次回例会紹介】エレクトーン独奏による新たなステージ “交響曲全楽章演奏”への挑戦 ― 神田 将(かんだ ゆき/エレクトーン奏者)

次回例会は、4度目のご出演(過去最多タイ)となるエレクトーン奏者の神田将(ゆき)さんにご登場いただきます。
今回のブログでは、神田将さんへのインタビューをご紹介します。
聞き手 小巻健(三木労音事務局長)

神田将さん



―神田さんにはこれまで2014年、2017年、そして2021年と三度ご出演いただき、その都度素晴らしい舞台に我々感動してきました。
今回、4年ぶりのご出演となりますが、前回のご出演から今日までで、神田さんの演奏活動で変化があったことなどを教えてください。

神田将さん(以下、神田さん) 前回は2021年、まだコロナ禍の真っ只中の厳しい状況の中で、例会を成功させていただいて本当にありがとうございました。
この間はコロナ禍によって音楽を取り巻く環境が本当に大きく変わってしまい、公演を作るという意味でも、お客様に何をお届けするかという意味でも、それまでの常識が大きく変わってしまいました。これからの時代にどういうステージをお届けするのか、お客様が求めているものも変化してきていると思うので、それにどう対応していくか、さらに我々もどうやって生き残っていくか。これまで希望を持ってやってきたものが、単純に希望だけでは立ち行かず、かといって演奏家があまり世知辛いような顔をして人前に立つというのもいかがなものか、そういう狭間で多くのアーティストが苦労してきたと思います。私は原点に戻って、何で自分が音楽を始めたのか、お客様に何をお届けしたいのか、実際には何を求められているのかというのをもう一度考えて、再スタートの気持ちでここ2、3年は活動させてもらっています。
コロナ以降、外出しにくくなってしまった方も増えてきた中、そういう方にも思い切ってコンサート会場へ出かけていただくために、どんな魅力をこちらが提案できるか、その点は本当に深く考え直しました。これまで「楽しいから弾いていた」「皆さんがこの曲が好きだから弾いていた」だったものが、この曲を演奏する意味は何なのか、楽しい演奏会でありながらも、何か参加することの意味を感じてもらえるような、そういうステージをやりたいと強く思うようになりました。それが実現できているかどうかまだわかりませんが、改めて考えることで自分の在り方というのがまた見えてきた気がします。
だからといって、小難しく屁理屈つけてやっているというわけではなく、一つ一つの演奏会に向けての覚悟を持ってやってこうという思いが非常に強くなりました。そこが一番大きな変化だと思います。

―このたびの11/16のプログラムにはドヴォルザークの交響曲『新世界より』の全曲演奏を入れていただいています。神田さんにとって交響曲、それも全楽章を通しての演奏というのはどのような挑戦なのでしょうか。

神田さん これまでも長い曲ということだけで言えば、ワーグナーのオペラが全幕で4時間ぐらいということはありましたが、オペラの場合、ステージには私以外に歌手もいますし、起承転結の物語があるので、確かに大変ですけれどもそれなりにいけていたのです。他にもカルメンにしろプッチーニの作品にしろ、大体平均2時間半から3時間を演奏し続ける、それ自体には慣れているのですが、その中でもシンフォニー(交響曲)というのはやっぱりとても特別なのです。それは作曲家にとっての名刺代わりとも言える、作曲家が命をかけて書いていく音楽なのです。作品の種類によって甲乙つけるのはいかがなものかとも思いますが、やはりシンフォニーを書く、そしてそれを演奏するというのは特別な意味があると思っています。私もエレクトーンでクラシックを志した瞬間から、いつかはシンフォニーを弾きたいとの思いはあったのですが、これまで自分には力が足りないと敬遠をしてきました。ただこれまで単楽章だとチャイコフスキーの6番、またいくつかのベートーヴェンやブラームスなど弾いてきましたが、全楽章というと、短いものでも30分、長ければ1時間を超えるものもあり、それを全部単身でコントロールをして音楽として聞かせるというのはすごく精神的に厳しい。単純に弾くだけであれば、若い時の方がむしろできたのかもしれないですが、ただ弾くだけではシンフォニーに当然なりません。音楽的解釈の深さ、隅々まで意識が行き届いているか、そういうところを問われ、なおかつ実現してこそのシンフォニーで、単にお客様に私一人で頑張っているサーカスを見るのにお付き合いいただくというのはちょっと違うだろう、と。それが30年間の敬遠の理由でした。
私がシンフォニーをある程度まとまって演奏したきっかけになったのは、第九だったのです。最初に第九の演奏を頼まれた時にも、まだ早いのでと断って、でも何度も誘われて何とかやりましたけれど、やはり一つの形になるにはスタート時点から10年はかかりました。同じようにシンフォニーの全楽章を一人で演奏するにあたっても、いつか始めなければいつまでも始まらない、そしてステージの上で何度も繰り返し経験して、うまくいったり挫折したり、そういうのを繰り返して、ようやく満を持してとなるには10年以上かかると思うのです。それでもまずはやらなければものが始まらない。一つの歴史を作っていく、そんな気持ちで今年5月の東京文化会館でのリサイタルで初めて演奏しました。
この挑戦は、実はここ3年ぐらいリサイタルごとに準備をしては取り下げるということを何度か繰り返し、今年の5月も直前まで演奏しようか随分悩みました。でも何とか頑張ってやりました。自分としては納得いくところまでは届きませんでしたが、悩みながらも体当たりで今出せるものを全て出し切った、お客様はそういうところに惜しみない拍手をくださったのだと思います。これがスタートで、10年後までに何とかこれを仕上げていきたいという大きな目標をもらいました。しかしなかなか演奏する機会がないわけです。これを我慢して聞いてくださるところが。先日9月の宍粟労音のステージでは4楽章のみ演奏しましたが、その時に舞台上でのトークも含めて三木労音事務局の小巻さんに聞いてもらい、公演後に「じゃあ三木で全楽章を」という話をいただきまして、私、本当にありがたいなと思いました。その後、東京の北千住でやらせてもらう機会がありました。その時が5月に次いで2回目の通しの演奏でしたが、やっぱり1回目に比べると全然手応えが大きく、三木に向けてこれはいける、会員さんにも満足していただけるのではないかなという景色が見えました。まだ余裕とまでいきませんけれども、大分洗練されてきたという手応えがありましたので、ご期待いただきたいと思います。
シンフォニーを演奏するにあたって何が大変かというと、まず標題音楽(注:タイトルや説明文などで表された内容を、音で表す音楽)ではないので、音楽そのもの、「音」で全てを伝えないといけない、聴き手が音のみで想像の中の世界を構築していくということが難しく、これがオーケストラの場合、名手が揃えば一定以上いいものができるのですが、一人で弾くとなると、楽器から楽器へのメロディーの受け渡しだったり、ハーモニーの構築の仕方だったりが非常に難しい。もちろん体力の配分という意味でも非常に頭脳も必要です。さらに、前もって体調などもコントロールしていかないと、途中で何かミスやトラブルが起きてももちろん止まれないわけですから、ノンストップで最後まで行くという精神力をどうキープするかにかかっています。非常にチャレンジではあるわけですが、これに挑戦させていただける三木労音の皆さんの懐の深さには、ただただ感謝です。

―その交響曲全楽章演奏に際して選ばれたドヴォルザークの『新世界より』について、この作品を選ばれた理由や作品の魅力を教えてください。

神田さん まず、シンフォニーというのは数々ありますが、『新世界より』は全楽章を通して馴染みやすいテーマ(主題=メロディー)がたくさん出てくるので、クラシックが得意な方もそうでない方も幅広く聴いていただく上で、この作品に勝るものはないと思っています。ベートーヴェンなどでも『運命』や『田園』など有名作品でも一部分しか馴染みがない。『運命』でもみんな一楽章しか知らないと思います。そうした時に、全楽章を通してもわかりやすく、重苦しくなく受け止めてもらえるということがまず一つ、また『新世界より』というサブタイトルがついていることで、標題音楽までいかずとも作品の世界をイメージしやすいと思います。どんなに素晴らしい作品であっても、一人の人間が45分背中を見せながら演奏しているのは、ビジュアル的には退屈なわけですよね。そこで聴いている方々がそれぞれ脳裏にいろんな風景を思い浮かべていただきたい。ひとつの映画を観ているように、ご自身がその風景の中に入り込んで、それぞれのストーリーを紡いでいただく、それにはこの曲は非常にぴったりだと思っています。それとシンフォニーでもう一つ大事なのは、1楽章で出てきたテーマ、2楽章で出てきたテーマが、4楽章でまた繰り返し出てくるなど、四つの楽章が非常に深く関わり合っていることで、「またこのテーマが出てきた」「ここでもこんなふうに使われている」と、宝探し気分のように楽しんでいただけることです。
クラシックに精通している方にも聞き応えがある作品ですし、入り口に立たれた方にもシンフォニーってこんなに楽しい、気持ちいい、ということを味わっていただきたいと思い、この曲を選びました。

―神田さんが様々なオーケストラ作品をエレクトーンで演奏する際には、ご自身で編曲をされているとのことですが、編曲にあたってはどのようなことを大切にしておられますか。

神田さん まずは作曲家の意図をきちんと汲み取ることが大事だと思っています。スコアという縦の糸を通す作業はそんなに大変なことじゃないのです。でもなぜその糸を使ってこういう布を編み出したのか、そこには何か意図があるわけで、そこを聴いている人に伝えられないのであれば、それは単なるコピーになってしまうわけです。これを音楽にして、なおかつ管弦楽団が演奏するのとは違って一人で弾くという無茶な状態を、お客様に安心して聞いていただき、かつ、今回のドヴォルザークであれば、ドヴォルザークとして聞いてもらえるかどうか、そのゴールをまず定めます。その上で、全ての音を十本の指で100%演奏することは不可能なので、どこが主軸で欠かすことができないか、どこが削っても音楽全体への影響が少ないか、という取捨選択をきちんとすること、そして音楽の横のつながりがきちんと演奏として処理できるように線を描いていくことが大事で、そういったことを考えながらですので、編曲そのものが最も時間かかります。全工程のうちの80%が編曲で、残り15%でエレクトーンの音色の組み合わせデータを作り、残りの5%で練習をするというぐらいの時間配分なので、ほぼ編曲がすべてと言ってもいいかもしれません。ヴァイオリンやピアノなど他の楽器であれば、私が今申し上げた95%の段階はスルーできて、残り5%のところから始められるわけですが、それをゼロからやっているというところに大変だという苦労はありながらも、そこから手をつけられるという幸せを最近は非常に実感しています。服飾に例えると、すべてがオートクチュールです。また演奏会一つ一つにもデザインを決めて仕込んでいく。例えば第一部にもいろんな曲を弾かせてもらいますが、ただレパートリーを並べたわけではなく、色彩の変化であったり、聴き応え、お客さんの心情の変化をうまく合わせて、こういう組み合わせになればこういう音色にした方がいいだろうと微調整を加えていきます。5曲弾くのであれば5曲のアルバムを新たに録音するような気持ちで、しっかり整えて伺うようにしています。

―最後に11/16の例会に向けての抱負をお願いします。

神田さん まずは4回も呼んでいただいて、飽きもせず懲りもせず私の演奏を聴いていただけるということに心から感謝します。やはり繰り返しお邪魔するから、変化したな、進化したな、というところを実感していただきたいと思います。私も最初にお邪魔したころから比べれば随分と年も取って貫禄もつきましたけれども、貫禄だけついて中身変わらないねでは具合が悪いわけですから、親しみは昔と変わらず、でも音楽的にはだいぶいい感じになってきたな、そう思っていただけるように精一杯尽くしたいと思っています。
とにかく 音楽というのは好みの世界ですから、合う合わないの個人差はあると思いますが、コンサートの中で一つでも「すごい、これは良かったな」と思っていただけるような、お一人お一人に一瞬一瞬でも心に刺さるものを残したいなと思っていますので、ぜひ楽しみにしてください。

このインタビューは、神田さんのご協力のもと、10月7日にZoomにて実施しました。



神田 将 プロフィール
たった1台のエレクトーンでフルオーケストラに迫るサウンドを奏で、電子楽器の常識を覆したエレクトーン奏者。
特にクラシック作品の演奏を得意とし、カザルスホールなどのクラシック音楽専用ホールでのリサイタルを2006年以来続ける。
毎年、100回を超えるコンサートに出演しており、一音ごとに魂のこもった演奏と心に染み込むトークを織り交ぜたコンサートスタイルで、クラシックファンのみならず、幅広い層から好評を博している。
2001年10月には、IMC(国際音楽評議会)総会の初の日本開催にあたり東京芸術劇場で催された記念演奏会に出演し、世界各国の音楽関係者から高い評価を受けた。2009年、2010年には中国上海国際芸術祭に出演、2009年から仙台クラシックフェスティバルに連続出演、2013年と2014年には霧島国際音楽祭に出演。これらはエレクトーン演奏家として史上初の快挙となった。
また、ソロの演奏活動にとどまらず、ソプラノのサイ・イエングアンや二胡の姜建華をはじめとしたクラシック界のトップ・アーティストとも数多く共演し、その卓越した音楽性は世界的オペラ演出家ミヒャエル・ハンペにも絶賛された。公演の音楽監督、作編曲、演出の手腕にも定評があり、一流演奏家たちからの信頼も厚い。
そのほか、全国の小中学校への訪問コンサートを通じ、子供たちに音楽の真価を伝えるための活動も積極的に行っている。
オフィシャルウェブサイト https://www.yksonic.com/index.html

三木労音10・11月例会(第209回)
神田 将  Kanda Yuki エレクトーンリサイタル
2025年11月16日(日)14:00開演
三木市文化会館小ホール
三木労音会員へ入会希望の方は、チラシ裏の入会申込書に会費2か月分(神田将エレクトーン例会から参加希望の方は10・11月分)と入会金(1,000円)を添えて、三木労音会員か事務局までお申し込み下さい。
ホームページからの入会申込みはこちら→http://www.mikiroon.com/info.html
詳細は三木労音事務局 TEL 0794-82-9775、またはメールinfo@mikiroon.comまでお問い合わせください。

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